Yin & Yang 改題 引&用

水無月はたち

第1話

 そこは埼玉県に出張ったN区の飛び地に棲み溢れていたタバコ屋である。取り囲む瀟洒しょうしゃな他の住まいと明らかに違う色を時間に擦り盗られた佇みは宛ら飛び地の飛び地であり、却って奇異なる存在を裏側から屹立させていた。

 路傍から生え出て横陣に構えた5連の自動販売機たちがここの主のつましい暮らしを扶持している。右から3台がタバコを受け持ち、左から2台が飲料水担当だった。家壁と対照的に色とりどりの小箱、缶・ボトルを煌びやかに点灯させたこの愚昧な堅塁たちに守られ奥に潜んだ店先は、胸ほどの高さで哨務に適したガラス窓で仕切られ、そのさらに奥で彼女は日がな一日伸びきって澱んだ刻を無抵抗のまま身辺に纏わりつかせながら、端座しているのだった。

 彼女の名を蛭間千鶴ひるまちづるという。

 いまここにタバコを買い求める若い男が自動販売機を右端から丹念に眺めている。スーツの背中のシワを伸ばしゆっくりとけみしている。並んだ小箱に一通り目を走らせた後、表情を曇らせ暫し佇立し、今度は左へ流し見るように靴底を滑らせた。苛立ちが引き締まった口元から漏れ出た。

「おんなじようなのばかり並べやがって」

 お目当ての商品がなかったらしい。仕方なく彼は前線の煌びやかな堅塁から踏み入って千鶴の棲む哨戒地に足を進めた。

 彼の名を苑田雄吉そのだゆうきちという。

 屈んだ雄吉はグレイの縞模様のネクタイを前で揺らしている。そこだけフォーカスしてみれば平べったい乾いた象の鼻のようである。雄吉はガラス越し部屋の中を覗いた。

「やべ、やべえ」

 苛立ちが一転、薄気味の悪い怖気にすり替わった。ザリガニみたいに腰が引けた。そこにはマネキンと見紛みまがう女らしき輪郭が浮かんでいたからだ。そいつは微動だにせず端座していた。それだけでも気味悪いのに、そいつは室内であるにも関わらず真っ黒なサングラスをしていた。

(生きてんのか?)

 そう雄吉が疑うほど中にいる人物からは生命感が伝わってこなかった。近頃目にする人間そっくりなロボット、そうだとしてなんら不思議に思えない。が、すぐに考え改めた。そんな先進的テクノロジーが時代に見捨てられたようなこんな陋屋ろうおくに存在するはずがない。

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