第8話 東北の妖怪(一寸法師)(7・警察)
今日のお昼もラーメンを食べると言う柴崎さん。
「昨日もラーメンを食べたけど、そう言えば今日も食べに行くって言ってたわよね?そんなにおいしいの?」と聞く坂田さん。
「私はおいしいと思うわ。ねえ、小夜?」
「うん。東京で食べるラーメンよりは好きよ」と答える白井さん。
「なら、その挑戦を受けるわ」と坂田さん。何の挑戦だろう?
「私の舌を唸らせたらそっちの勝ちよ」誰の勝ち?
駅を出て四人でぞろぞろと歩く。特に特徴のない、普通の田舎町に見えた。
十分も歩かないうちに柴崎さんお奨めのラーメン屋に着く。どこの町にもありそうな、普通のラーメン屋だった。
店の中に入ると既にそこそこのお客さんが入っていた。私たちは空いている四人がけのテーブル席に座った。
「今日はチャーシューメンにしようか?」と柴崎さん。もちろんこの昼食も柴崎さんのおごりだ。
「え、いいの?そんなぜいたくして」
「大丈夫、大丈夫」と言って柴崎さんが注文する。
まもなく、チャーシューが表面を覆って麺が見えないどんぶりが到着した。
「いただきまーす!」と言ってまず一枚目のチャーシューを口にする。おいしい!
そして麺をすする。昨日食べたラーメンよりもしこしこ感が強く、しかもちぢれた麺にスープがよく絡まっていた。
「確かに、この麺の食感はやみつきになるわね」
スープも、湖の家のラーメンより味が深く、本格的な中華だった。
こういうラーメンを出す店がこの町に何軒もあれば、札幌ラーメンのように人気になるだろうなと思った。
私はスープを最後の一滴まで飲み干した。ダイエットのためにスープを飲まない人がいるらしいが、言語道断だ。
すっかり満腹になって店を出る。
「柴崎さんが推薦するだけあってとってもおいしかった」
「でしょ?東京のラーメンもおいしいけど、時々ここのラーメンが無性に食べたくなるのよ」
「それはわかるわ〜」と坂田さんも言った。
駅に入って列車を待つ。ホームに入って来たのは気動車、つまりディーゼル車で、蒸気機関車ではなかった。残念だ。
蒸気機関車に乗った町まで戻ると、駅を出て町中にあるお城を見ることにした。立派な天守閣がそびえていたが、つい最近再建されたばかりの鉄筋コンクリート製だということだった。
駅に戻ってまた電車に乗り、バスに乗り換えて柴崎さんたちのおじいさんの家に戻ると、家の前に見知らぬ車が二台停まっていた。一台はバンで、桜の紋章が付いている。
驚いて家に入ると、中に警察の鑑識の人が数人いた。
「戻って来ましたよ」とおばあさんが警察の人に声をかけた。
「なんなの、おばあちゃん?」と柴崎さんが聞くと、
「警察の方が指紋やらなんやらを調べに来たのよ」と言ったので驚いた。
「今日駐在所に行ったら、家の中を調べてかまわないかと聞かれたんだ。かまわないと答えたら駐在さんが本署に連絡して、昼過ぎにやって来たんだ」とおじいさんが説明した。
鑑識の人が近づいて来て私たちに、
「えっと、人形が入っていた長持ちに触ったのはどの方ですか?」と聞いてきた。
「私と彼女です」と言って私は白井さんを指さした。柴崎さんと坂田さんの方を見る鑑識の人。
「その二人は二日酔いで寝ていたので触っていません」
「犯人の指紋と区別するために、お二人の指紋を採取させてください」と言われ、客間で十本の指全部にインクを付けて、紙に押しつけた。
「人形のものと思われる髪の毛は、捜査資料として預かります」と言い、おじいさんの了承を得て私が見つけた一房の毛を袋に入れていた。
「犯人や、盗られた人形は見つかるでしょうか?」と刑事さんらしい人に聞く。
「人形については時間が経っているから難しいだろうね。もう県外に持って行かれたのかもしれないし。唯一手がかりになるのはこの似顔絵かな?」と答えて、私が描いた似顔絵を撮影した写真を見せてくれた。
「この絵は君が描いたの?」
「はい、そうです」
「なかなかうまいね」
「モンタージュ写真というのがあることを聞きましたが、それは作らないんですか?」
「いろいろな人の顔のパーツを組み合わせて、どれが一番似ているのか目撃者に決めてもらうんだけど、似たような組合せを何枚も見ているうちに、目撃者自身がわけがわからなくなることがあってね、けっこう難しいんだ」・・・警察の人が警察の捜査手法を批判していいのかな?と心配になった。
「去年の十二月に三億円事件が起こり、犯人のモンタージュ写真が公開されただろ?」
去年は受験勉強に忙しく、テレビやラジオや新聞はあまり見なかった。大金が盗まれた事件があったことは聞いた気がするが、モンタージュ写真のことは知らなかった。
「あまり特徴のない若い男性の顔つきで、似ているという情報がたくさん寄せられて、捜査本部が振り回されているようだよ。うちの署にまで通報が入るからね」
「それは大変ですね」
「でも、この絵は顔の特徴を強調しているから、他人と間違えることは少なそうだね」
「ところで犯人の指紋は検出されそうですか?」
「普通の指紋は指の皮膚から出る脂と汗が付着したものだけど、半年ぐらいで検出できなくなるから、犯人が素手で箱の中を触っていたとしても見つけるのは難しいね。血とか機械油とかが付いた指で触っていれば残るけどね」
「そうですか。・・・私たちから取った指紋はずっと警察に保存されるんですか?」
「犯罪者以外の指紋は事件が解決するか、時効になれば破棄するよ。いつまでも残されるわけじゃないから安心して」と言われた。
捜査が一通り終わると警察の人たちは帰って行った。私たちは全員でその車を見送った。
「ドラマみたいな捜査をほんとうにするのね」と興奮ぎみの坂田さん。
「実際の捜査をドラマの参考にしているんだから当然よ」
この日の夕飯はライスカレーだった。おいしくいただくが、柴崎さんと坂田さんは漬け物をつまみに今日も飲み始めていた。
「あなたたち、毎日のように飲むわね。普段もそんなに飲んでるの?」
「私は大学へは家から通っているから、親の目もあって、父に勧められたときにビール一杯くらいしか飲まないわ。幼児教育研究部で飲み会があるときはそこそこ飲むけど、家に帰れなくなると困るから、抑えて飲んでるの」と柴崎さんが言った。
「私も似たような感じかな」と坂田さん。
「私も藤野さんみたいに大学近くに下宿して、飲むときはゆっくり飲みたいわ」
それは危険だと思う。健康的にも身持ち的にも。
「私は下宿ではほとんど飲まないわよ。同居している祥子さんと杏子さんはよく飲んでいるけど、それでも量はそんなに多くないわよ」
「自制できる人はいいわよ」と坂田さん。自制してください。
「この家はどんなに飲んでも怒られないから好き」
「そうか?どんどん飲んでけ」とおじいさんもその気になっていた。
翌日はこの家に遊びに来て五日目だ。この日は麦わら帽子を借りて、おじいさんの畑仕事を手伝った。
キュウリ、トマト、ナスを収穫させてもらう。キュウリを食べていいか聞いたらいいと言われたので、井戸水でさっと洗ってかぶりつく。瑞々しいのに味が濃くておいしい。
ところで世の中にはキュウリを食べられない人がいるらしい。アレルギーとかでなく、見た瞬間に食べるのは無理と思うのだそうだ。色か匂いか、何に拒否反応を起こすかわからないが、そういう人には無理に食べさせず、キュウリが好きな私が代わりに食べてやろうと思う。
ちなみにキュウリの水分量は同じ重さのスイカより多く、夏に食べれば水分補給になるし、体温も下げてくれる。そういう意味では夏の畑で取れ立てのキュウリを食べるのは理にかなっている。
家に取れ立て野菜を持って帰り、夕方になると台所の片隅を借りて焼きナスを作ってみた。去年、森田さんの家で教わったものだ。
トマトは水で冷やしてから半月切りにし、皿の上に盛る。調味料は塩でもマヨネーズでもお好きなものを。以前、冷やしトマトにいきなりウスターソースをかけたやつがいて驚いたが、私の皿に勝手にソースをかけさえしなければお好きにどうぞ、だ。
キュウリは細切りにし、マヨネーズと味噌を和えたつけダレを添えた。
おばあさんは
「みんな、お酒のお供にぴったり!」と柴崎さんが感動していたが、聞かないふりをする。
六日目も畑に出たが、今日は手伝いではなくおじいさんの姿をスケッチブックに描く。家に帰って今度はおばあさんが縁側でお茶を飲んでいる姿も描いた。夜までに水彩絵の具で色を付け(絵の具や筆は荷物の中に入れて持って来ていた)、二人に進呈するととても喜んでくれた。
なお、昼食にチキンライスを作ってあげたら、おじいさんとおばあさんに「ハイカラだ」と言われて喜んでもらった。「ハイカラ」とは洋風、今風という意味だ。私はチキンライスがそれほどハイカラだとは思わなかったが。
夕飯はおばあさんが味噌田楽を作ってくれた。豆腐、コンニャク、
七日目はとうとう帰る日だ。朝食をいただいた後に帰り支度を始める。
「とうとう市松人形を盗んだ犯人は捕まらなかったわね」と残念そうに言う坂田さん。
「そんなにすぐに見つかりそうになかったからね」
そんなことを言っていたら家を出る直前に駐在さんが自転車でやって来た。
「おや、あんたたちは今日が帰る日だったのかい?ちょうど間に合ったな」と駐在さん。
「犯人が捕まったの?」と白井さんが聞いた。
「いや、まだ見つかっとらん」と言われてがっかりする白井さん。
「ただ、捜査の進展があったので荒木さんに伝えてくれと昨日本署の方から連絡があった。そこで今朝伝えに来たんだ」
「何か手がかりがあったんですか?」
「去年のことだが、県内の老舗の人形店に男が来て『人形の修理ができるか?』と聞いてきたそうだ」
「え?それって?」と坂田さん。
「その人形店では雛人形や五月人形の販売だけでなく修理もしていたんだが、その男が『高さ一メートルぐらいの市松人形』と言ったんで、『うちではそんな大きな人形は取り扱えない』と断ったそうだ。その男の顔だが・・・」と言って駐在さんは私の方を見た。
「あんたが描いた似顔絵の写真を見て『こんな顔だった』と言ったそうだ」
「それって、絶対に人形を盗んだ犯人よね!」と言って興奮する坂田さん。
「これですぐに犯人が捕まりますね」と白井さんも喜んでいた。
しかし私はそうは思わなかった。普通、警察は捜査中の情報を被害者とはいえ一般人に教えることはないだろう。それをわざわざ教えに行けと連絡があったのは、『ここまで努力して捜査しました。多分これが限界です』と言いたいのではなかろうか?
犯人は既に都会に逃げただろう。ただの窃盗犯に対して、ここの県警から全国に手配してくれるのだろうか?手配してくれたとしても、都会の警察が本腰を入れて捜査はしないだろう。氏名もわかっていないから。
私は興奮して喜んでいる柴崎さんたちの気持ちに水をささないよう何も言わなかった。
そしておじいさんの軽トラックで駅まで送ってもらい、電車に乗って帰路についた。
家に帰ったときには既にあたりが暗くなっていた。おじいさんの家を出るのが遅くなったからだ。
「ただいま」と言って家に入り、途中の駅で買ったお
「お帰りなさい。疲れたでしょ?」と言ってお
「ところで、明日、齋藤さんと佐藤さんが会いに来るそうよ」
「あの二人が?何の用かしら?」
「何でも女子高の同窓会を開こうと考えているって話だったわよ。あなた、クラスの委員長もしていたから、あなたからみんなに声をかけてもらいたいんじゃいかしら」と母に言われて私は面食らった。
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