第7話 東北の妖怪(一寸法師)(6・湖畔)

翌朝は柴崎さんと坂田さんも二日酔いはなさそうで、朝食時にはしっかり起きていた。


朝食を食べながら柴崎さんが、「今日は朝十時頃に家を出て、バスに乗って駅に行って、電車に乗るわよ。電車から降りて少し歩けば湖畔に出るわ」と説明した。


「湖って、ここへ来るとき電車の窓からちらっと見えたわね。楽しみ」と坂田さんが言った。


「今回の旅行は妖怪の正体を探ることだったでしょ?だからここに来る前は遊びに行く暇があるのかなと思っていたけど、一日で片づけてもらったから、帰る日まで毎日遊びましょう」と柴崎さん。


「そうね。明日はまた違うところに行くの?」と聞く坂田さん。


「その予定よ。藤野さんが見たがっていた蒸気機関車が見られるかもね」


「え?蒸気機関車がまだ走っているの?この前は全線電化されたって聞いたけど」


「このあたりまでは電化されているけど、もう少し奥の路線にはまだ蒸気機関車が走っているのよ。・・・でも、今年で見納めになるかもしれないわ」


「じゃあ、ラストチャンスなのね。よければ案内してほしい」と私は柴崎さんに頼んだ。


朝食を終えると私たちは身支度をし、おじいさんとおばあさんにあいさつして家を出た。近くのバス停まで歩き、そこでしばらくバスを待つ。


「今日も暑くなりそう」と白井さん。真夏の陽射しが肌に痛く感じる。


バスに乗って駅に着くと、そこで切符を買って電車が来るのを待った。セミの鳴き声がうるさい。あの鳴き声はミンミンゼミだろう。


ようやく電車が来て、全員で乗り込んだ。電車は小さな町を過ぎ、郊外にある小さな駅に着いた。そこで私たちは降りたが、ほかにも家族連れや子どもだけのグループがぞろぞろと降りて来る。


「あれ?」私は何人かの子どもが浮き輪を持っているのに気づいた。


「これから行くところは泳げるの?」


「そうよ。海水浴場ならぬ湖水浴場があるの。このあたりは海から遠いからね」と柴崎さん。


「水着を持ってくればよかったわ」と坂田さんが言った。


「まさか事件がこんなに早く片づくとは思ってなかったから」と言って柴崎さんが舌を出した。


駅から三十分くらい歩いてようやく湖畔に着く。たくさんの海水浴客、じゃない湖水浴客が浜でたむろしたり、湖の中で泳いだりしていた。


海の家ならぬ湖の家も何軒か建っており、そこで着替えや飲食ができるようだ。


「あっちに貸しボート屋があるから乗りましょうよ。湖水浴場とはエリアが分けられているから、湖水浴客の方には近づかないようにしてね」


貸しボート屋には何艘もの手漕ぎボートが並んでいた。一艘に二人ずつ乗ることになる。


ここに来てから私は白井さんと一緒に行動することが多かったので、ボートには柴崎さんと一緒に乗った。坂田さんが白井さんと一緒だ。


私が舳先へさき側に座ってオールを持つと、「藤野さん、大丈夫。漕げるの?」と柴崎さんが聞いてきた。


「大丈夫よ」と答えてゆっくりと漕ぎ出す。ボートは少しずつ浜から離れて行った。


湖には海ほどの大きな波がないので、ボートを漕ぐのが楽だ。浜から少し離れたところまで漕ぎ出すと、湖面を渡る風が肌に心地良く感じられた。


「おーい」と坂田さんが漕ぐボートが近づいて来る。坂田さんは器用にオールを操って、私たちが乗るボートのすぐ横につけてきた。


「気持ちいいわね。このまま対岸まで行けそう」と坂田さん。


「あまり離れたらボート屋さんに怒られるわよ」と柴崎さんが注意した。


「柴崎さんと白井さんはこの湖に泳ぎに来たことがあるの?」と聞く。


「ええ。小さい頃はよくつれて来てもらったわ。このあたりにはあまり遊ぶところがないからね」


三十分くらい漕いでから浜に戻る。ボートをボート屋さんに返すと、近くの湖の家に入った。


「おなかすいたわね。何食べる?」と聞く柴崎さん。


飲食ができる店のテーブルに座ると、壁に貼ってあるメニューを見上げた。ラーメン、焼きそば、カレー、かき氷、アイスクリームなどと書かれた紙が貼ってある。


「じゃあ、私はラーメン」と私が言うと「私も」「私も」「私も」と三人が言って、全員ラーメンを注文した。水はセルフサービスだ。


湖を眺めながら待っていると、まもなくラーメンが四杯届いた。醤油ラーメンだった。


「みんなは味噌ラーメンを食べたことがある?」と聞いてみる。


「札幌ラーメンでしょ?あるわよ」と坂田さん。


「私が行くラーメン屋では見たことがないわ」


「店によるんじゃない?」


「豚骨ラーメンや塩ラーメンのことは知ってる?」


「何それ?」


「豚骨ラーメンは白く濁ったスープが特徴の、九州、特に博多のラーメンが有名よ」と言うと、


「聞いたことがない」と三人に言われてしまった。まだ全国的な知名度はないようだった。


関東では醤油ラーメンが定番で、最近味噌ラーメンを出す店が増えてきたようだ。一色さんの実家はラーメン屋だが、その店にも醤油ラーメンしかなかった。


このラーメンはどうかな?と思って麺をすすってみると、太めの平打ち縮れ麺で、ツルツルモチモチしており、スープがよく絡んだ。


「このラーメン、おいしいわね!」と思わず言うと、三人が私を見て笑った。


「だって、こういう店じゃ、おいしいラーメンが出て来るなんて思わないじゃない」と小声で言い返す。


「札幌ラーメンほど有名じゃないけど、このあたりもラーメン店が多いわよ」と柴崎さんが教えてくれた。


「明日も、蒸気機関車を見に行くついでにラーメンを食べに行こうか?」


「毎日ラーメンなの?おいしいからいいけど」と言う坂田さん。


「店によってスープの味が変わるから飽きないわよ」と柴崎さん。


ラーメンを食べると暑くなったので、続いてかき氷を注文することにした。


「何にする?」と聞く柴崎さん。シロップの種類はイチゴとレモンしかない。


「私はイチゴ」「私も」「じゃあ私はレモン」とみんなが答えると、柴崎さんが「かき氷のイチゴを三つ、レモンを一つ」と注文した。


「みんなイチゴなのに、藤野さんだけレモンを頼むのね」と坂田さんに言われる。深い意味はないが、常にみんなで同じものを頼む必要はないだろう。


「いいじゃない。・・・ところでほかの味のかき氷を食べたことがある?」と聞く。


「あるわよ。あんこを載せた金時とか」と柴崎さん。


「私はミルクが好き」と白井さん。練乳をかけたやつだ。


「私は粉砂糖をかけたのを家で食べたことがある」と坂田さん。


「何、それ!?貧乏臭くない?」とからかう柴崎さん。


「まあね。・・・そのときは家でかき氷を作ったらシロップがなくなっているのに気づいて、仕方なくお砂糖をかけたけど、戦前にはそういう食べ方があったんだって」


「家にかき氷機があるの?」と私は驚いて聞き返した。


「ええ、ベビーアイスってかき氷機。丸い容器に水を入れて冷蔵庫の製氷室で凍らせたのを、かき氷機に入れてハンドルを手で回してガリガリとかくの」


「ちょっとおもしろそう」


「子どもの頃は楽しかったけどね、出して洗って使ってまた洗わなきゃならないから、だんだんめんどくさくなってくるわ」


坂田さんの言葉に私たちは笑った。


かき氷を食べ終わると湖を後にした。再び駅まで歩いて電車に乗り、バスに乗って柴崎さんたちのおじいさんの家に帰る。もう夕方になっていた。


その日の夕飯のメニューはニジマスの塩焼きだった。初めて食べたがとてもおいしかった。近くで養殖しているらしい。


柴崎さんと坂田さんはおじいさんと一緒にまた飲み始めた。夜遅くまでつき合い切れないので、今夜も白井さんと一緒にお風呂に入って先に休ませてもらった。


翌朝もすっきりした気分で起きた。柴崎さんと坂田さんの体調も良さそうだ。


柴崎さんがおじいさんに「今日は蒸気機関車を見に行く」と言うと、


「なら、駅まで乗せて行こう」と言ってくれた。


「実は昨日駐在さんから電話があって、今朝駐在所に寄ることになったんだ」


「何か捜査に進展があったのでしょうか?」と聞いたが、


「特に何にも聞いておらんなあ」とおじいさんが答えた。


朝食を食べ終わるとさっそくおじいさんが軽トラックを出してくれた。今日も白井さんが助手席に、私たち三人が荷台に乗った。


いつもの駅まで送ってもらうとおじいさんと別れ、昨日とは逆方向の電車を待った。


「いつも駅まで来て電車を待つのは面倒ね」と坂田さんがぼやいた。


「柴崎さん、今度来るときのために運転免許を取っておきなさいよ」


「免許を取っても、おじいちゃんの家にはあの軽トラックしかないわよ」


「自分の家に車はないの?」


「ファミリアが一台あるわ」


「それを運転して来たら?ここには駐車スペースがいくらでもありそうだし」


私はその話を聞いてぞっとした。免許取りたての柴崎さんが運転する車に乗って家からここまで来るなんて、無謀に思えたからだ。


このあたりの田舎道は人も車も少ないから、快適に車を飛ばせるだろう。運転の練習にもなる。しかし車が多く、道が入り組んでいる都会を通り抜けるには、道を熟知している人にナビゲートしてもらわないと到底無理だろう。私でも無理そうだ。まして地図を読めそうにない柴崎さんと坂田さんなら・・・。考えるだけでも恐ろしい。


「お父さんや兄さんたちが車を使うから無理よ」と柴崎さんが答えて私はほっとした。


そんなことを話しているうちに電車が来たので、私たちは乗り込んだ。電車の向かう先は近くのやや大きな町だ。


三十分ほどで目的地の駅に着き、電車を降りると、別のホームに蒸気機関車が停まっているのが見えた。


「あそこに蒸気機関車がある!見に行こうよ」と私は三人を誘って跨線橋を渡った。


私は間近で蒸気機関車を見たことはなかった。機関車前面のプレートを見ると「C57」と銘打ってあった。


武骨で黒々とした鉄製のボディには大きな動輪が付いている。動輪は数本の長い鉄製のバーで連結されており、その複雑な構造がどのように動くのか、まったく想像ができなかった。


その時、蒸気機関車の足元から白い蒸気が舞い上がった。あわてて機関車から離れる。


「そ、そろそろ発車するみたいね」驚いたことを悟られないように、冷静さを保って言った。


「そんなに興味があるなら隣町まで乗ってみる?」と柴崎さんが言った。


「え?いいの?」


「ええ。いったん改札口の外に出て、切符を買い直しましょう」このときばかりは柴崎さんが天使に見えた。・・・普段は悪魔に見えるというわけではないが。


ちなみに今日の切符も昨日の湖まで行くのに買った切符も柴崎さんのおごりだ。必要経費と称して親からたくさん軍資金をもらって来たらしい。


改札口を抜け、蒸気機関車がけん引する客車に乗り込む。そのまましばらく待っていたら警笛が鳴って、列車が少しずつ走り出した。


町中を通る線路を抜け、徐々に郊外に移る。私は窓から顔を少し出して進行方向を見たが、蒸気機関車はちらっとしか見えなかった。


「あまり煙たくないわね」と感想を述べる。


「当たり前よ。煙は空に上がって行くから、客車内には入らないわよ。でも、トンネルに入ると窓のそばを煙が流れるから、煙が入らないよう窓を閉めなくちゃならないのよ」


「そうなんだ・・・」乗客もせわしないな。おちおち居眠りなどできない。


三十分も経たずに列車は次の町の駅に着いた。立ち上がる柴崎さん。


「もう降りるの?これから山の中に入って、風光明媚な景色を楽しめるんじゃないの?」と聞く坂田さん。


「そんなに乗っていたら隣の県に行っちゃうわよ」と言われ、私たちは名残惜しそうに客車から降りた。


「この町にはどこか観光できるところがあるの?」


「古い街並みとかありそうだけど、とりあえずお昼を食べましょう」


「何か名物料理でもあるの?」と聞くと、柴崎さんがにっと笑った。


「ラーメンよ」

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