第12話 55歳男女・初夜の気付き
時計は9時。24時制でいう21時。夏でもすでに暗い時期だが、冬前ともなれば盛り場のような場所でもない限り、とっくに闇の中。この地も例外ではない。
「わしゃ疲れた。どこで寝れば?」
淡々と尋ねる夫に、新妻は答える。少しばかり、顔を赤らめて。
「野暮な鈍感男もいたものね」
「野暮で鈍感で、中央法科の伯父に勝てるのは酒の量だけでごめんニャン」
「あのね、作家さん、こういう日を、どんな言葉で表すんだっけ?」
少し間が開いた。ようやく彼も、顔に赤みが戻ってきた。
「そんな日に、花嫁をベッドにホッタラカシにする男がどこにいるのよ!?」
彼女の追撃を、彼はまた交わそうとする。
「幼稚園中退のわしにはわからん」
「もういいから、その学歴自慢は。早く、一緒に寝よ」
そこまで相手に言わせた彼は、妻となるであろう女性に一言。
「これがまさか初夜ってことになるンかいなぁ? なんか違和感が・・・」
やっと言うべきことを言ってくれたわね。
そう思いながら、55歳の新婦はさらに追打ちをかけていく。
「でも、間違いなく、私たちにはそうじゃない」
「初夜の定義とはいかなるものか、ちょっと調べてみよかいな」
ひねくれ具合を見せる夫の顔を、妻は自分の胸の位置まで押し付けてきた。
「そんな言葉の定義なんてもういいから。こういう日ってこと。由佳、かわいいおおかみさんと一緒に朝まで寝ていたいな」
「その前に、やることがなんかあったようななかったような」
「もう今日はとっくにしっかりやったでしょ。まだやるの?」
彼女はひそかに隠し持っていたゴムの袋を、隠していた枕の下から出した。
「ごめん。全然ロマンチックじゃなかった。身体より・・・」
「何? この期に及んでどんな演説するつもりよ」
「今日は由佳ちゃんにさんざん吸い尽くされたから、明日の朝まで待って」
「何、その被害者みたいな言い方。由佳の貞操奪ったの、誰よ?!」
「ごめんぼくです。だって50年近くも・・・」
「もう、責任のなすり合いごっこは、やめよっ。ね。一緒に寝よっ」
彼の唇に軽く唇で触れた彼女に、彼が言う。
「うん。ぼくららしい初夜かもしれない。何なら明日、あの文書のひな型、取りに行って来ようか。来週に出も出しちゃえば、晴れてぼくと由佳ちゃんは・・・」
少しまた顔を赤らめた彼女の声、喜びを隠しきれていない。
「じゃあお願い。岡山の市役所でとって来る?」
「出会ったのは確かに岡山市やんか。それがええやろ」
「じゃあ、お願い。来週、由佳のクルマに乗って一緒に出しに行こ!」
「うん。でもなんで、こんなことになったのやら・・・?」
「今までそうなっていなかったのが、おかしかったンよ!」
「阪神が日本一になるのに38年も周期があるのと一緒や」
「それはいいから、今日ぐらい、由佳だけを見ていてよね」
「いや、ずっと由佳ちゃんだけを見ていたい。そうするよ」
この後彼らはそれぞれ軽く水を飲んだ後、再び抱き合って軽く会話しながら暗くなった部屋の中で寝入った。彼のほうは酒ばかり飲んでいるためか夜中に起きだすことが多いのだが、この日は特にそのようなことで起きることなく、数時間、日付をまたいで夜明け近くまで隣の意中の中の意中の女性と、半世紀の時空を超えた喜びをかみしめながら寝込んだ。
あの三差路で学校帰りに別れて半世紀近く音信不通だった小学生の男女は、こうして実態のある夫婦になった。あとは正式にあの文書を作成して官公署に提出すればそれで、彼らは実質的にも法的にも夫婦となれる。
その実態と形式には、もはや何人もケチをつけられない。彼らの守護神はナントカの神などではなく、日本国憲法24条の婚姻に関する規定である。とはいえ、その守護神を錦の御旗とするためには少しばかり冷却期間がいるのかもしれない。
ツインレイという言葉があることを、彼女はかねてネットで知っていた。
半世紀も会わないままの男女が、この年になって再会する。お互い忘れてしまっていてもいいはずの関係なのに、忘れられないまま何十年も過ごしたその先まで来て、ネット社会のおかげで彼と再会できた。彼もまた、私のことを探していた。何年かに一度かそこらは私のことを強烈に思い出していたと言っている。実は私も、いちいち証拠なんか残していないけど、彼のことを思い出していた。
なぜだろう、なぜかしら。
あの小学校の図書館にあった本の名を思い出す。
これまで彼は、特にそれで何かをしたわけではなかったという。しかしこのところどうにもならなくなってしまったらしく、作家としての仕事の中に、私を絡めた作品を書き始めた。書いて公開する少し先の時期に、私と出会う設定で。
まさか、それが引き金になって一気にここまで進むなんて。
小学生のあの少年が、こんなナイスミドル、と言うとちょっと違う気もしないではないけど、男らしくなって私の目の前に現れて、あっという間に何十年の空白が埋められ、それより何より、自分自身の心の欠けている部分に欠けているいくつかの最後のピースがすべてきちんと埋まったような、そんな感触が心に満ちる。
彼と私、もうちょっと具体的に言えばキヨくんと由佳は、生れる前にツインレイの片割れ同士とされて出来ていたペアなのかもしれない。
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