第27話 揺れる想い

 オリヴィアやニーメライと夕食を共にしてから3日後、ローランドは騎士団の経費を入れてある大金庫の解錠をしている。

 魔法による生体認証、肌身離さず持っている鍵、組み合わせ番号の3重のロックを外した。

 黒光りのする重厚な金庫の扉を開けると、中から金貨や銀貨の入った袋をいくつか取りだしてテーブルの上に置く。

 事前に計算した貨幣別に経理責任者が硬貨をより分けていった。

 ガムラン、フィリップも加わり今月の給与の総支給額と照合し確認するとローランドは使わなかったお金の袋を金庫に戻す。


 今日は騎士団における給与の支給日であった。

 ローランドの仕事は総合計額を渡すところまでである。

 これから各人の支給額ごとに袋詰めをすることになるが、その作業で問題が生じた場合は担当者の責任だった。

 早速小袋に分け始めた職員たちの邪魔にならないようにそっとガムランたちを連れて部屋を出る。

 それぞれの仕事に向かう2人と別れるとローランドは思案をした。


 円滑に給与原資の受け渡しが終わったので次の業務まで少し時間が空いている。

 通常なら迷わずブレイズたちと触れあいの時間を取るところだが躊躇う理由があった。

 先日お茶をした際にうっかりオリヴィアの様子をボーネハムの町で観察していたことを白状している。

 その場は午前中に具合が悪そうだったので仕事のついでに見守っていただけだと弁解をしていた。


 オリヴィアは言葉通りに受け取って、真意をよく分かっていない顔をしていたが、ニーメライは訳知り顔をしている。

 その目は何か面白いものを発見したかのように輝いていた。

 自分の気持ちを見透かされたような気がして、ローランドはその後の夕食時に何を食べたのかあまり記憶がない。

 ローランドは自分の行動やそれに対するニーメライの反応への心の動きがなんであるか目をつぶってそ知らぬふりをしようとしていた。

 ただ、自分を偽っていることは頭の隅では理解しており、女性であるオリヴィアのことを気にかけるようになっているということは認めざるを得ない。


 それでも、あくまで恋愛感情ではなく、愛犬アックスを救った恩人として、頼りになる治療師として大切に思っているつもりだった。

 ガムランたちと同じく人としては気の置けない存在という立ち位置であり偶々オリヴィアが女性というだけであるという理屈である。

 しかし、とても忙しい騎士団長なのに様子を見にいった挙げ句に危険だからと馬車の護衛までしたのはなぜ、というニーメライからの無言の問いかけの答えはない。

 認めたくはないが友情という範囲からはみ出した感情を持っていることは否定できそうになかった。


 自分の気持ちの変化を悟ってからというもの、なんとなくオリヴィアとは顔を合わせづらい。

 そういうわけでこの2日というもの3頭と触れあう時間をずらしてオリヴィアとの接触を避けていた。

 ただ、3頭はすこぶる元気なだけでなく毛並みの艶も良いことからきちんとケアされていることは分かっている。

 それにジェイドが何かとオリヴィアのことをなにかと報告していた。


 オリヴィアの顔を見たいような見たくないような千々に乱れた気持ちのまま自然とローランドの足は3頭への元へと向かう。

 冷たい雨が降る中を回廊を巡って自室を通り抜け建て増しした3頭専用の小屋に入った。

 床にペタリと腹ばいになったブレイズの背中をオリヴィアが手で撫でてやりながら口を動かしている。

 

「どこからもらってきたのか、蚤やダニは退治したわよ。これでもう痒くないわ。満足した?」

 ブレイズは首を動かして片目でオリヴィアを見るとヒンと甘えた声を出しすっかり寛いでいた。

 ジェイドがチョンチョンと飛び跳ね、アックスがトテトテと歩きローランドのところにやってくる。

 両方とも満足げであった。


「ロー、おはよ。ジェイド、痒いなくなった」

「そうか良かったな」

 顎の下を指先でくすぐってやるとジェイドは喜ぶ。

 オリヴィアは立ちあがると軽く頭を下げた。

「お早うございます、閣下」

「作業の邪魔ではなかったか?」

「いえ、ちょうどブレイズの番が終わったところです」

 答えるオリヴィアは声が弾んでいる。


 いつもなら畏まっているかビクビクしているか、なにか突拍子もないことをしているという印象だった。

 この様子は……。

 ローランドは自分に会えて喜んでいるのかと期待交じりに考えた。

 普段は他の女性がこのような態度を示せば煩わしいと思うのだが身勝手なものである。

「オリヴィアも元気そうで何よりだ。あ。いや、他意はないぞ。健康を管理するものが自分のことには無頓着なことが多いからな」

 経験がなさ過ぎて気の利いたセリフが出てこないローランドであった。

 それでもこういう意味のない言葉をかけるようになっただけで隔世の感がある。

 フィリップあたりが目撃したら、そういう行動は好意や関心があるってことですよ、などと言いそうな行動だった。

 そんなことを言われたらローランドはムキになって反論するだろう。


 実際のところはこの場所には余人はおらず、オリヴィアはオリヴィアでそういう機微に疎かった。

 2年あまり同僚から爪弾きにされてきてそういう体験がない。

 ボーネハムの城に来て多くの人から声をかけられるようになったが、そのためにかえって受信感度が飽和していた。

「確かにそうですね。治療師の不養生と言われないように気を付けます」

 オリヴィアは普通に職務遂行上の注意を受けたというように反応する。

「では、治療師室に戻ります」

 挨拶をするとオリヴィアが外への扉開けて出ていこうとしたのでローランドは慌てて止めた。


「ちょっと待て。外は冷たい雨が降っている。濡れないように中を通っていけ」

 ローランドの私室を通っていくなどというのは普段ならオリヴィアといえども遠慮するところである。

 しかし、健康管理についての注意を受けたばかりであったから素直に従った。

 ローランドに案内されながらベッドの置いてある部屋に入っていく。


 その頃、ガムランの執務室では2人の男が驚きの声を上げていた。

 ローランドがオリヴィアに話しかける姿を見て生意気に寸評を加えていたフィリップも寝室に招き入れるというのは驚愕の急展開である。

 目玉をかっと開くと水晶球が暗くなった。

「どうした?」

「さすがにこれ以上はやり過ぎです」

 ガムランは顔を赤らめている。

 確かにこれ以上はいくら腹心といえども覗いていいものではなかった。


 しばらくしてからオリヴィアは治療師室に現れる。

 ニーメライの目からすると新人の治療師はウキウキとしていた。

 目が輝き足取りも軽く明らかに浮かれ気味である。

 専任業務である物品の管理を行った後に、喉が痛いという騎士の診察をするときも上機嫌だった。

「何かいいことあった?」

 オリヴィアのファンの1人である騎士が質問する。

 ニーメライが聞くのを遠慮したことだった。

 そういう遠慮をする性格でもないのに我慢をしたのは、美味しいものは最後まで取っておく性格が影響しているのかもしれない。


 質問されたオリヴィアは驚いた顔をする。

「え? そんなに私顔に出ていました? うわあ、恥ずかしい。えーと、それで体の中に悪いものが入って増え始めていたのは消去しましたけど、同じようなことしていたらまた具合悪くなりますからね」

 騎士からの質問には正面から答えずに治療が終わったことを告げて退室を促した。

 オリヴィアでも風邪の初期症状ぐらいはそれほど時間がかからず処置できる。

「今は立て込んでないからいいけど、場合によっては喉の痛みぐらいじゃ診ないからね」

 ニーメライが釘を刺すと騎士は首を竦めて部屋を出ていった。

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