第16話 呼び出し
店員は良く似合っていると誉めそやした後でフィリップに尋ねる。
「お包みしましょうか?」
「いや、このまま着ていった方がいいな。さっきまで着ていたものをまとめてくれる?」
「畏まりました」
本人そっちのけで話が進み、オリヴィアは慌てて床に置いた服から革袋を取り出した。
袋の口を開けようとするのをフィリップが押しとどめる。
「あ、いいから、いいから」
それから店員の方に向き直ると フィリップはポケットから無造作に金貨を取り出すと支払いを済ませてしまった。
「オリヴィアの移籍のお祝い。これからよろしくってことで」
そんなことを言いながらウィンクをする。
「あ、いえ、そんな……」
「オレはほら、オリヴィアよりも多く給料をもらっているから。この服の支払いをしたら生活大変でしょ?」
どうやら買うのを躊躇った理由も見透かされていたと分かってオリヴィアは頬を赤くした。
「そうなんですけど……、でもそんな高価なものを会ったばかりのフィリップ様に買って頂くわけにはいかないです」
ちっち、と軽く舌打ちをしてフィリップは指を振る。
「フィリップ。さっき、そう呼んでって言ったじゃない。もう忘れちゃった?」
「そうなんですけど、なんというか恐れ多いというか」
「まあ、それにもおいおい慣れてもらわなきゃね」
「それも課題なんですけど、とりあえず支払いをして頂くわけにはいきません」
「いいから、いいから」
フィリップは店員から包んでもらったものを受け取るとすたすたと店を出ていった。
それを追いかけながらオリヴィアは食い下がる。
「本当にそこまでしていただく理由がないです」
フィリップは悪い笑みを浮かべてオリヴィアの顔を覗き込んだ。
「じゃあ、こういう贈り物をしても変じゃない関係になっちゃう?」
「へ?」
数歩歩いて言葉を吟味していたオリヴィアの顔が瞬間的に真っ赤になる。
「あはは。可愛いねえ」
フィリップは手を打って笑った。
たちまちのうちにオリヴィアは怒り出す。
「からかったんですね? 女の子の心をもてあそぶなんて最低っ」
通常ならばここで慌てるところであるが、フィリップは全然気にしない。
「本当に口説いて欲しかった?」
「いーえ。私にも好みがありますから。フィリップみたいな軽佻浮薄な人は趣味じゃありません」
「お、ちゃんと様なしで呼べるじゃん」
手ひどく拒否の言葉をぶつけてみても、フィリップはまったくこれっぽっちもダメージを受けているようには見えなかった。
「フィリップ殿。それぐらいにしておかないと本当に嫌われますぞ」
年配の騎士がたしなめる。
「嫌われるのは困るなあ。オリヴィア、からかってゴメンね」
一応は謝罪の言葉を口にした。
しかし、その舌の根も乾かないうちにとんでもないことを言い出す。
「やっぱり、オレなんかよりもローランド様みたいなのが好きなタイプ?」
想像もしていないことを聞かれてオリヴィアはポカンとした顔をした。
「え? そんなのありえないですよ。殿下は王族じゃないですか」
「ほら、その点はまあ脇に置いておいて、見た目に関して。オレも悪くない方だとは思うんだけどさ、ローランド様と一緒にいると見劣りするんだよなあ」
「フィリップも、もうちょっとしゃきっとしたら評価が変わるんじゃないですか」
「えー。オレみたいなのが品行方正にしたところで誰も褒めちゃくれないって。それに殿下と同じ路線だと身分とか見た目で負けてるんだから勝負になんないじゃん。ローランド様は女性に対してめちゃくちゃ冷淡だから、俺はその逆で売ってんの」
「そ、そうなんですね」
あけすけに話すフィリップに対して引き気味になりながらもオリヴィアはちょっとだけ感心していた。
本来なら身分が上であるはずで恐れおののかなければならない相手なのに、気楽に口をきける雰囲気を作り出している。
オリヴィアもフィリップが意図的に道化を演じているのだということは本人が口にする前から気が付いていた。
これは極度に人嫌いという評判のローランドと他人を仲介するために編み出したことなのだろう。
そして、そのことすらも女性にもてるためにやっているのだと諧謔ぎみに言ってのけるというところに凄みがあった。
「それで、ローランド様はどうよ?」
「どうよと言われましても……」
「仮にローランド様があんなにつっけんどんで無口じゃなくて、王族って身分じゃなかったら、1人の男性として興味ある?」
「仮定の条件多すぎじゃないですか?」
「まあ、そう言わずに」
オリヴィアはフィリップのことを疑いの目で見る。
これで返事をしたらまたからかうつもりね。
そういうつもりなら私にだって考えがあるんだから。
「ローランド様には申し訳ないですけど全然興味がないです。さっきはああ言いましたけど、まだフィリップの方がいいですね」
「え?」
初めてフィリップの余裕綽々な態度に僅かなヒビが入った。
すぐに態勢を立て直して口を開く。
「またまた無理しちゃって。本当は興味があるでしょ? あれだけの美男子なんだから」
「あんな冷ややかな目で見られたら、背筋が凍りそうです」
「でも、ああ見えて……」
話しかけたところにバサバサと音を立ててジェイドが舞い降りてきた。
4人の頭の上で羽ばたきながら口を開く。
「ロー、呼んでる。お前さぼりすぎ」
「え? ひどくない? 俺はオリヴィアが人前に出ても恥ずかしくない恰好にしようとしていたんだぜ」
「オリヴィア、服、可愛い。だけど、お前ダメ」
それだけ言い捨てるとジェイドは強く羽ばたいて、騎士団が拠点としている屋敷の方に飛んでいった。
「私のせいですいません」
オリヴィアは殊勝に頭を下げるが、騎士の2人は笑いをこらえるのに必死である。
今日のことに関してはフィリップに非はないが、いつもの行動が行動なので駄目だしされても仕方がない面があった。
年配の騎士が重々しく言う。
「騎士団長閣下がお探しとあれば、とりあえず早く戻りましょう。まあ、もし下問があればフィリップ殿の弁護はいたしますから」
「あ、そういうこと言う? 戦場とかでもない限り閣下が直接質問されることなんて無いって知ってるくせに」
ぼやきながらもフィリップは歩みを早めるようにオリヴィアに頼んだ。
「そういうことでしたら、フィリップ様だけ先にどうぞ。あ、今まで持っていただいてありがとうございました」
オリヴィアはダサいと酷評された服の包みをフィリップの手から取り戻す。
2人の騎士も謹直な顔を作った。
「オリヴィア殿を間違いなく送り届けます」
「お任せください」
「え? 俺だけ除け者っぽくない? まあ、仕方ないか。それじゃ、後は頼んだ」
そう言い残すとフィリップは走り出す。
それを見送ると年配の騎士は苦笑した。
「フィリップ殿もいつもあれぐらい真剣にやればいいのに」
「ふざけてばかりですからね」
若い騎士が応じる。
「ローランド様に対してもあんな感じなんですか?」
「そうだね。相手によって態度を変えないというのはある意味凄いことなんだが」
「普通はもうちょっと畏まったりするもんですけどね」
「まあ、それでもフィリップ殿が居ない頃は大変だったからなあ。あれはあれでうちの騎士団にはなくてはならない方なんですよ。騒々しいですが」
「ガムラン殿も近寄りやすいタイプではないですからね。以前はいっつもピリピリしてました。その点フィリップ殿は親しみやすいですからね。馴れ馴れしいとも言いますけど」
褒めているんだが貶しているんだが微妙な評をオリヴィアが聞いていると、フィリップが駆け戻ってきた。
「どうしたんですか?」
「ああ、用があったのは俺じゃなくてオリヴィアだった。それじゃ失礼」
フィリップはえ、え、と戸惑うオリヴィアの手を握る。
そして、来た道を走って戻り始めた。
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