第7話 祝勝会
ローランドは祝勝会の会場にいる。
オリヴィアを休ませていた部屋から出た後に、フィリップから少しぐらいは顔を出してくださいとの伝言を持った騎士がやってきたからだった。
これも仕事のうちかと、義務感から会場にやってきている。
着飾った女性陣のまなざしや、町の有力者のおべんちゃらはローランドにとって煩わしいだけであった。
それに比べれば先ほどのオリヴィアの奇行に対しては全然腹を立てていない。
ではなんで急に部屋を出て行ったかといえば、笑いをこらえるのに必死だったからである。
じたばたとしてうつ伏せになりうずくまる様は何かの小動物のようであった。
同時にまだ幼かった頃のアックスが悪戯をして反省した様も思い出させる。
全体としてはローランドにとってオリヴィアは珍獣枠にカテゴライズされていた。
そして、アックスのやんちゃな子犬時代の記憶を呼び覚ましたことは、その命が助かったことへの感謝の念を強く感じさせている。
再度平伏しようとして頭をぶつけ小声が漏れる様子を見たときは不覚にも笑いがこみ上げてしまう。
しかし、ローランドとしてはそんな姿を女性に見せるつもりはなかった。
過去の経験からすると、笑顔なぞ見せようものなら、のぼせ上った女性が暴走するという印象しかなかったからである。
そもそも、ローランドは人の笑顔というものを信用していない。
笑顔を作りながら腹の中では邪なことを考えている者を嫌というほど見てきていた。
このため、面従腹背することのない動物相手を除けば、笑顔を見せられるのも見るのも嫌っている。
そのため、笑顔を見られぬように部屋を急いで出たのだった。
ということで元々はオリヴィアにアックスを救った礼を伝えに来たのだったが、その目的を果たすことができていない。
ただ、女性に対して謝意を伝えに来ようとしただけでもローランドにはかなり珍しいことと言えた。
もっともこの行動は純粋な気持ちからのこととは言い難い。
恩人が意識を取り戻す前に祝勝会に出る訳にはいかない、と欠席の理由にしていた面もある。
フィリップもそれぐらいの我が儘は仕方ないと、いつものように代役を引き受けていた。
ローランドはため息を漏らしながら空疎な歓談の渦を見回す。
モンスターの脅威から解放されたという純粋な喜びもあるのだろうが、それ以外の欲望もあからさまだった。
これを機会にランスタットの町に近いところに騎士団が拠点を移して欲しいという希望。
王族との繋がりを作ることで満たそうという虚栄心。
逆にローランドの失言や失態を都に報告して褒美を貰おうとする欲望。
そして、多くの女性のローランドと一夜の情熱を交わしたいという情念。
これらのものが発する熱はローランドを疲弊させる。
義務的に会話をこなしながら早く終わらないかと心の中で数を数えていた。
人の波が途絶えたところでフィリップがアップルサイダーのグラスを持ってやって来る。
ローランドは手にしたグラスの底に残っていたものを飲み干すと、フィリップのもってきたものとグラスを交換した。
この無愛想な騎士団長は酒は嗜まない。
フィリップはグラスを受け取りながら囁く。
「もう少し我慢してくださいね」
グラスに口をつけるとローランドは僅かに顎を引いた。
「閣下の代わりに魑魅魍魎の相手をしている私をもうちょっと労ってくれてもいいんですよ」
ローランドは片眉を上げる。
フィリップはサッと下がり恐懼した。
もちろん、これは演技である。
それでも近臣が何かご機嫌を損ねたというように周囲には見えた。
これで諸々の願いを持った人々をローランドから遠ざけることができる。
また、早めに祝勝会から退出する口実ともなった。
フィリップに後を任せてローランドは会場を後にする。
同時に華やかな場の中で浮いていたガムランも連れ出していた。
実はガムランがローランドの第1の腹心である。
魁偉な風貌と巨躯で人々から避けられることが多いが、魔法使いとしては超一流であり学識も深い。
本来なら王国でもっと重用されてもいいのだが、ローランドに会うまでは不遇だった。
ガムランは単なる噂というだけでなく実際にオーガの血を引いている。
オーガの祖父と魔女の祖母の間に生まれた娘がガムランの母だった。
王国で忌避されるオーガと魔女の血を引くということで社会に出てから散々酷い目に遭っている。
僻地の三流騎士団の分隊で燻っていたガムランをローランドが見いだし自分の騎士団に迎え入れていた。
もちろん最初からすぐにローランドの部下の騎士に受け入れられた訳ではない。
嫌な思いをすることも無いでは無かったが、次第に信頼を勝ち取っていた。
そのチャンスを与えてくれたローランドにガムランは忠誠を誓っている。
ただ、主君のことを盲信している訳ではない。
人間全般への不信感に捕らわれたローランドを全体ではなく個人を見て評価するように変えていた。
ガムランが居なければもっと視野が狭いままになったかもしれない。
そして、フィリップを配下に加えたのもガムランの進言によるものだった。
如才なく誰とでもすぐに関係を結ぶことができるコミュニケーションの化け物のような男は本来であればローランドが最も信用できないタイプである。
「本心が分からない」
そう言って難色を示す上司をガムランは説得した。
「だからなんだというのです。あの男は閣下の足りない部分を補います。閣下はリーダーです。部下から浮いた上司は最終的に孤立します。そうならないためにはあの男が必要になるでしょう。閣下も外国人と話す時は通訳をお使いになりますよね? あの男のことは人全般との通訳とお考えください」
ローランドはしばらく沈思黙考する。
やがてため息をつき了承した。
その後、フィリップは今ではローランドになくてはならない存在になっている。
結果としてローランドの信頼を裏切ることも無く代役の役目をそつなくこなしていた。
2人が宿舎に戻ると責任者があたふたとやってくる。
ガムランはローランドの前に出た。
「何用だ?」
「あの、その。いなくなってしまいました」
狼狽しているところにガムランが眉をひそめる顔を見てしまい、責任者の発言は要領を得ない。
「私の馬がか?」
ガムランの脇から出てきたローランドが問い詰める。
まだ厩舎に入りたくないと訴えていたブレイズが勝手に散歩に出かけたのかと考えていた。
戦場に出た後は興奮するのか気ままに歩きたがることがありローランドは自由にさせている。
「いえ、ローランド様の愛馬は厩舎にいるはずです。居なくなったのは休まれていた治療師の方で。私どもは邪魔をするなとの閣下の言いつけを守っていたのですが……」
自己弁護を始めた責任者にガムランは長広舌を制止しようと手を向けた。
「ヒイッ!」
打擲されるのかと思って責任者は身をすくませる。
「で、どこに行ったのだ?」
「さあ、それは……」
「神殿には確認したのか?」
「いえ、まだです」
ガムランはチラリとローランドを見た。
今まで以上に冷ややかな顔をしている。
「分かった。もう下がりなさい」
厩舎まで同行するとガムランはローランドに頭を下げた。
「私が行った方が早いでしょう。連れ戻しますか?」
「もう遅い」
「分かりました。安否確認だけしてすぐ戻ります」
ガムランは来た道を引き返す、
厩舎に入るとローランドはまずアックスの様子を見にいった。
藁の上でスヤスヤと眠っている。
そっと背中を撫でてやると手に温もりが伝わった。
「本当に良かった」
眠りの邪魔をしてはいけないとアックスから離れるとジェイドが舞い降りる。
「ブレイズ。りんご、食べた。私も欲しい」
そう訴えるジェイドを腕に乗せたまま馬房を覗くとブレイズがのそりと起き上がった。
「ちゃんと食事を与えているだろう。誰に林檎をもらったんだ?」
自分以外の人間から食べ物を与えられるのをローランドが嫌うのをブレイズは理解している。
私は食べていませんよ、というような顔で目をくりくりとさせた。
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