第33話
海遊館を出ると、夏真っ盛りという事もあり、辺りは昼と変わらない明るさを保っていた。
「お土産買えてよかったね」
「うん」
清水が胸に大事そうに抱えてるのは、彼女の顔くらいはあるクラゲのぬいぐるみだった。
最初は、あまり楽しんでないのかと思っていたけれど、はしゃいでぬいぐるみを買ってしまうくらいには楽しんでいたのだと分かって、安心する。
清水は感情が表情に出やすいタイプなのか、ころころと表情が変わるのが面白いと思う反面、酷く苦しそうな表情をする事がある。
触れたらダメかなーと思って距離を取ったりしたけれど、テケテケと走って追いかけてくるので、私に悪感情を抱いていると言う訳でもなさそうだった。
清水は変だって言ってたけど、自覚があるなりに悩んでいるのかもしれない。
まぁ、姉も魚や蟹を見て美味しそうとか言うタイプなので、私からすれば気になるような事ではない。
「それで次はどこに行くの? 夕食にはまだ早いと思うけど」
スマホを開くと、時刻は四時半過ぎで二時間半も海遊館にいた事になる。
思いの外楽しんでいたんだな。経過時間でそんな事を思ってしまうのは少し不謹慎かもしれないけど。
「次はえっと――」
清水がスマホを開いて予定を確認しようとした時、不意にスカートが引っ張られる。
清水のぬいぐるみを抱きつつ片手はスマホ、もう片方の手は私と繋がっている事から犯人は清水じゃない。
嫌な予感を抱きながら振り返ると、そこには私のスカートを掴む十歳くらいの女の子がいた。
「ねーちゃん、どこ?」
「ねーちゃん? 迷子かな」
こういう時は迷子センターに連れていくべきなのか、動かないようにするべきなのか困る。
清水の顔を一瞥すると、不機嫌とまでは言わないものの、不雑そうな表情を浮かべている。
あー、口にはしないけど予定が崩れるとか思ってそうだなぁ。
「えっと、君の名前教えてもらえるかな?」
「知らない人に名前教えちゃダメって、ねーちゃんに言われてる」
「おー、えらいえらい。その教えは間違ってないぞぉ」
子供の頭を撫でてやると、自慢げに「面倒見が良い」だとか「かしこい」だとか、ねーちゃんとやらの話をしてくれる。
まぁ泣き喚かれるよりはマシだから良いとしよう。
「ねーちゃんの話をしてくれるのはいいけど、探しに行かなくていいの? 心配してるかもよ?」
「はっ!? ほんとだ! ねーちゃん、さがして!」
少女に手をがっちりと握られ、私の両手が完全に埋まってしまう。
「しゅっぱーつ!」
「小深……」
元気に拳をあげる少女、その隣では不安そうな目で私を見詰める清水。はぁ、面倒な事になってしまった。
流石にこんな小さい子を放っていく訳にも行かないし、清水には悪いけど納得してもらうしかない。
「こんな子供放っていけないでしょ……」
少女には聞こえないように、静かに耳打ちすると、清水は頬を赤らめながら恨めしそうな視線を私に向ける。
「手ぇ、繋いでいいのはわたしだけなのに……」
「あー、そっち」
不機嫌な理由に少し笑ってしまう。嫉妬深い清水の相手は大変だなぁ。
仕方ないので、私からの出血大サービスだ。
繋いだ手を広げ、清水の手の隙間に私の指を滑り込ませる。そう恋人繋ぎだ。
「小深……こ、これって」
「嫌だった?」
「嫌じゃない……! けど!」
口をパクパクとさせた清水は、勢いをなくし遂には黙ってしまった。
不機嫌さは姿を消し、頬が緩んだ清水の横顔に安堵した。
「それで君は、ねーちゃんとどこではぐれたの?」
「迷子になったのはねーちゃんだよ」
「はいはい、それでいいから」
「なんか扱いがざつー」
少女はおさげをぶんぶんと振り回し、不服を表現しているのだろうか。危ないなぁ。
「これじゃあ、そっちのおねーちゃんも苦労するね」
「えっ、わたし?」
目ざとく、恋人繋ぎをしている所に目をつけてニヤニヤする少女は、どうやら年相応にませているようだ。
「
「こら、余計な事を言うな」
清水が本気にしたらどうするんだ。
隣を見ると、ほら見た事か清水が右往左往してしまっている。
と言うか、自分から名前名乗っちゃたよ。ねーちゃんの教えはどうなってるんだ教えは。
「結愛ちゃんがねーちゃんを探す気ないなら、私は迷子センターに行ってもいいんだけど」
「なんで結愛の名前を!?」
「さっき口を滑らせてたからなぁ。さぁてどうする?」
軽めに脅すと、この歳で迷子センターに行く事に抵抗があるのか、結愛は顔を引き攣らせて観念したように指を指す。
「あっち」
私達が海遊館に行く前にウロウロしていたショッピングモールだった。
結構広いショッピングモールを探し回るのは悪手な気がするけど……。
とりあえず、海遊館前の広場にいても仕方が無いので三人仲良く手を繋いで、ショッピングモールに足を向けた。
「最後にねーちゃんと一緒にいたのはどの辺なの?」
「フードコート!」
「じゃあすぐ近くだね」
海遊館側の入口から真っ直ぐ進むとフードコートがあり、モール内に入るや否や、結愛が声を上げる。
「あっ!」
握った手を離し駆け出した結愛は声高らかに喜びの声を上げる。
「うわー! サンリオショップだ!」
そう言って楽しげに店内へと姿を消してしまう。
「……どうする?」
「どうするって言われてもなぁ」
清水の質問から、置いていくという選択肢があるのだろう。多分、子供好きじゃないんだろうな。
迷いはするものの、やはり私は先程と同じ様な事しか言えなかった。
「放っていけないでしょ」
「……小深は優しい、ね」
「はは、ありがと」
その優しいが、褒め言葉で使われたのかは私は知る由もない。
追うように店内に入ると、昔懐かしのキャラグッズが狭いスペースに目まぐるしく陳列されている。
「懐かしー、子供の頃はみんな持ってたよね」
鉛筆や消しゴムと言った文房具はみんなキャラグッズで揃えていた記憶がある。
「清水はどんなの持ってた?」
「わたしは、あんまり……」
興味がなさそうに清水は私が手にしたグッズから目を逸らした。
私達世代の小学生女児なら絶対通る道だと思ってたけど、清水の出身って東京らしいからもしかして都会だとそうでもないのかな……。
無意識のうちに田舎臭さが出ていたとしたら、清水の反応も頷ける。
そっと商品を元に戻し、結愛を見つけると服の襟首を掴み、動き回る対象を捕獲する。
「こら、勝手に動き回らない」
「おねーちゃん、これ買って!」
そう言ってキャラ物のペンケースを私に向ける。
やっぱり、小学生はこの手の商品買いがちだよなぁ。
「自分のねーちゃんに買ってもらいなさい」
「えー! ケチ!」
駄々をこね始めた結愛だったが、清水に視線を移すと悪戯を思い付いたと言わんばかりに、口角を上げる。
「じゃ〜、おねーちゃんの彼女に買ってもらう!」
「えっ、わたし!? そう見える、のかな」
そう言われ、自分の事だと信じて疑わない清水だったけれど、清水は私の彼女ではない。
子供に簡単に乗せられるようじゃ、この先が思いやられてしまう。
「さっさと行くよ」
商品を取り上げ棚に戻し、結愛を引き摺ると、何かギャーギャー言っているが、子供の駄々なんて一々取り合っていられない。
「結愛ッ!」
ショップから出た時、背後から少女の名前が呼ばれる。
それはとても聞き覚えのある声だった。
まさかそんな偶然がある筈がない、そう思ったのも束の間だった。
「唯華ねーちゃん!」
結愛の口から出た名前にも聞き覚えしかなく、私は思わず清水と繋いだ手を反射的に離してしまう。
「あんた、また勝手にうろちょろして! どれだけ心配したと……思って……」
唯華が、私を、私達を視界に捉えていく程に、開いた口が次第に閉じていく。
「あー、終業式ぶりだね……」
「えっ、こ、小深ァ!? それに清水まで! えっなんで結愛と一緒に!?」
目に見えて慌てふためく唯華に私は、愛想笑いを浮かべるしか無かった。
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