第13話

 悪名高い報道部の力というのは、確固たる証拠がなくとも影響力が少なからずあるようで、教室の空気は時間が経つにつれ変質していく。

 唯華と共に、記事を書いた報道部部員である金剛の教室に乗り込んだ事もあってか、昼休みになった時にはクラスメイトの全員が報道内容を把握していた。


「はぁ、面倒くさいな……」

「まぁ珍しい。心の声が漏れてしまってますよ」


 千早は弁当を食べる手を止めて、わざとらしくそんな声を上げる。

 小塩も唯華も同じ様な反応をしているので、もしかしたら本当に驚いているのかもしれない。


「少しくらいの愚痴は、許されて然るべきだと思うな」


 教室の空気が少しばかり息苦しい。それは私達だけではなく、クラスメイト達もそう感じているのか普段の教室の喧騒さはなかった。


「可哀想な小深ちゃん……よしよし」

「癒しだぁ」

「私も撫でてあげましょう」

「アンタ達、何してんのよ……まぁあたしもやるけど」


 まるでビリケンさんの足の如く、三人から頭を撫でられる。

 そうだ、清水にも一応連絡しとかなきゃな。

 簡単な経緯と、放課後にお見舞いに行くから鍵を開けておいてほしい旨を打って送信する。

 小田巻の言う通りなら清水は風邪らしいけど、清水も休む事に抵抗がなさそうだから、サボりの可能性もある訳だけど。


「まぁまぁ珍しい。小深がスマホを見てニヤけてますよ」

「えっ」


 思わず、頬を手で触って確認したけど、違いがわからない。


「あっ、汐ちゃんのマネだ〜」

「モノマネ? 今日は珍しい事が続くわね」

「もう、変にからかわないでよ……」


 拗ねたフリをして、机に突っ伏した。

 清水にメールを送るだけで、笑う要素なんて何も無かったのに。

 自分が想像してるよりも、小田巻に怒鳴られた事で少し情緒が不安定になってるのかもしれないな。そうに違いない。


「つまり、遂に小深ちゃんに恋人ができたって事でいいのかな?」

「そうなの? って事はタイミング的には前の告白された時かしらね!」

「きゃ〜! 抜け駆けされちゃった。誰誰? 小深ちゃんのお眼鏡に叶ったのは誰〜?」

「小深にそんな相手がいる訳ないじゃないですか。そうですよね小深? そうですよね? ね?」


 私が何も言わないからって言いたい放題言いおって……。

 まぁここで否定すると逆効果で、何があったかとか誰だったとか追及されそうなので、話題を矛先を散見させる。


「そう言うみんなはどうなの? 千早だって告白されてる回数は私と変わらないでしょ」

「わ、私は誰とも付き合う気はないって知っているでしょう……」

「美人二人が揃いも揃って嘆かわしいわね……」

「そう言う唯華ちゃんはどうなの? あ〜でも、口が悪いから難しいね」

「口が悪いって何よ! あたしは誰にも忖度しないだけよ」


 よしよし、話題逸らし成功〜っと。あとは自然と別の話題に切り替わるようにすれば――


「反省してなくね」


 ふと、そんな言葉が耳に入ってしまった。

 会話と会話のほんの僅かな隙間に入り込むように囁かれた言葉。

 普段なら気にする事もなかったのに、教室が静かな事や過敏になっていた事が重なった結果だったのかもしれない。

 私は聞かなかった事にしよう。そう思った矢先だった。


「は? 今なんて言ったの?」


 私が聞こえたのなら、その場にいた他の三人にも聞こえているのは必然だった。

 普段なら、こんな事で怒らない筈の唯華が、止める間もなく声の主の方へと進んでいく。


「ねぇ、今なんて言ったの」

「な、なんだよ……」


 唯華の気迫に押された三人の男子達は、困った様に私を一瞥する。

 そのお陰で我に返った私は立ち上がり、人数が増えると余計に顰蹙を買う気がして、小塩と千早には待っているように頼んだ。


「言わなきゃわかんない? 反省してないって誰の事かって聞いてるんだけど」

「か、カンケーねーだろ」

「はぁ? 先に仕掛けてきたのはアンタ達でしょう!」


 静かに、そして着実にヒートアップしていく唯華は、後ろから見ていも少し怖かった。正面に立つ彼らの表情からも、私と同じ気持ちらしい。

 いつもだと、怒った際にはツインテールを振り回すのに対して、金剛の時と同じくツインテールは揺れてすらいない。

 こういう時の唯華は本気でキレているのだと一年生の時に学んだので、もしもの時は、こちらも本気で仲裁に入らなければいけないと肩に力が入る。


「ちょいちょい、大丈夫だから。私、全然気にしてないし、戻ってご飯食べようよ」

「はぁ!? ダメよ! あたしは裏でコソコソ陰口叩くような陰キャが嫌いなの!」


 まぁ分かるけど、そういうのは本人達の前で言ったらダメだよー。

 ほら、男子達が露骨にショック受けてる。

 男心を傷付けられた事で、沈黙を貫くのかと思ったけれど、せめてもの抵抗のつもりなのか一人の男子が鼻で笑う。


「や、やっぱりな! イジメってマジだったんだ!」

「なにアンタ、まだやる気?」


 私がせっかく収めたのに、陰キャ男子のせいでその苦労は灰燼と帰した。


「やめとけって……」

「勝てる訳ないって……」


 お友達もそう言ってるみたいだから、ここは穏便に済ませてほしい。唯華も私の為を思うならもう終わりに……。


「お友達もそう言ってるし、小深に免じて許してあげる」


 言い方ぁ……。


「なッ! 何が許してやるだ! 謝るのはお前らの方だろ! スクールカーストがなんだよ! そうやってお前らは無意識に弱者を下に見てるって意識持てよ!」

「カースト? そんなの今は関係ないし、小深はそんな事やってないって言ってるでしょ」

「加害者はみんなそう言うんだよ! そもそもイジメの張本人が教室にいる事自体、迷惑なんだ――」


 ドガンッ! そんな鈍い音が聞こえた次の瞬間、唯華が机を蹴り飛ばしたのだと、机が倒れた事で遅れて理解した。


「やってないって言ってるでしょ! 小深の事、なんも知らない癖にふざけた事言ってんじゃないわよ!」

「ぇ、あっ、ゆ、唯華! ストップ!」


 男子に掴みかかりそうな唯華を思わず、羽交い締めにするけど、唯華の方が力が強くてズルズルと引き摺られる。


「アンタ達がしてる陰口はイジメに入んないの? 自分達を棚に上げて日頃の鬱憤を発散しようって魂胆が丸見えなのよ!」


 このままじゃ本当に暴力沙汰になる。

 一人じゃ止められないと判断し、二人に助けを求めようとした時だった。


「こらァ! お前らなにしてる!」


 助かったと心からそう思った。

 騒音を聞き付けた小田巻が、怒りの形相を浮かべて教室へ入ってくる。

 教室の状況を目にし、一瞬で判断したのだろう。小田巻の中で犯人だと決められたのは私達の方だった。


「またお前か……次から次へと」

「はぁ? 先に仕掛けてきたのはコイツらよ!」

「そうなのか?」


 小田巻は渋々といった形で男子達に尋ねるも、三人は慌ててかぶりを振る。


「はぁ、机が倒れてるが誰がやった?」

「それは……あたしだけど」

「やっぱりお前らじゃないか。イジメの次は暴力問題とは。小深、どうなるか分かってるだろうな」


 小田巻は怒りを通り越して呆れたと言わんばかりに、これ見よがしにため息を吐く。

 状況が揃い過ぎていて、どう答えるべきなのか思慮していると、それを見兼ねた千早が立ち上がった。


「先生、確かに唯華さんの行いは褒められた事ではありませんが、先に矛を向けたのは彼らです」

「そうよ、冤罪よ冤罪!」


 千早に合わせて抗議を申し入れる唯華だったが、小田巻は既に、私達への聞く耳を持ってはいなかった。


「汐ノ宮、お前は推薦を狙ってたよな?」

「ッ……!?」

「お前らも、お友達の推薦取り消されるような事になったら困るよな?」


 教師が発していい言葉ではなかったけれど、この言葉が決定打となった。

 千早が推薦を狙っていたなんて知らなかったけれど、小田巻はこれ以上騒ぐなら千早が不利になると言っているのだ。

 唯華も冷静になったのか、自身の行いに非があった事を認めたのか、俯いてしまう。

 握り締められたその手から、憤りは収まっていないのだろう。


「それと、寺本と小深。お前達二人は、今日から三日間の謹慎だ」


 謹慎が当然だとは思わないけど、これだけの騒動になってしまったのなら、誰かが罰を受けなれけばいけなかった。

 私はもう諦めていたので、素直に従うつもりだったけれど、唯華は違った。


「先生、待ってよ! 問題を起こしたのは私だけで小深は何もしてないの!」

「連帯責任だ。これ以上騒ぐならまた一人増えることになるぞ?」


 そう言って千早に目を向ける小田巻に、私は唯華の肩にそっと手を置いた。


「分かりました。今日は帰ります」


 私の掛け声に、唯華も諦めが付いたのか、大人しく席に戻ってカバンを手に取った。

 小塩と千早は、カバンを取りに来た私に何か言いたげだったが、首を振る。


「また連絡するから」


 それだけ言い残して、私と唯華は教室を後にした。

 帰宅するのが少し早くなり、清水の家にでも寄ろうかと考え、唯華と同じく正門から出て少し歩いていると、文化会館の前で唯華の足が止まる。


「巻き込んで、ごめん」


 教室での姿とは打って変わり、酷くか細い声だった。


「あれ、泣いてなかった」

「泣くわけないじゃない。ただでさえ良くない状況の小深に、迷惑かけてるって分かるのに。泣きたいのは小深の方でしょ」


 しなびた様に見えるツインテールが、唯華のテンションの高さを表しているように感じ、こういう時は小塩の役目だとは思ったけれど、私しか適任者がいないので、ツインテールを遠慮なく掴む。


「ミャッ!?」

「元気出た?」

「アンタは小塩か! なんなのよもう……」


 そう言いながら、自慢のツインテールを優しく撫でる唯華は、気が軽くなったのか、少し元気になったと感じた。


「ねぇ、唯華。謹慎する事になって、私がまず何を思ったか分かる?」

「何って……小田巻キモいとかウザいとか?」

「残念、答えはサボれてラッキー」


 ブイっとピースをすると、唯華は吹き出したように笑った。

 勿論、これは正真正銘、私の本音だ。


「アハハ、心配して損した。小深は小深ね」


 唯華はひとしきり笑った後、尋ねるように言った。


「ね、これから暇なら、せっかくだし遊ばない?」


 そんな素敵で面倒そうなお誘いに、少し考えた私は「いいよ」と答える事にした。

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