第12話

 清水の風邪が治れば、誤解もすぐ解ける。

 全く面倒な事になったなぁ。そう楽観視していた私は、事の重大さをまだ理解できていなかった。

 教室に戻ると、まだ授業中でクラスメイトの視線を一手に集めてしまう。

 愛想笑いをしながら席へ戻ると、事情を知らない唯華が小声でクスクスと笑いながら出迎えてくれる。


「こっぴどく叱られた? まぁあれだけ休んでたら当然よね〜。これに懲りたら学校にちゃんと来なさいよ。そしたらあたしも、楽しいし」

「あはは~」

「笑って誤魔化すなし! 反省ゼロか!」


 笑えてるようで安心した。

 正直、戻ってる最中に帰りたい衝動に駆られたけど、状況が状況なので早退する訳にもいかなかった。

 教科書を開いて考えるのは、清水の事だった。

 先生から見せられた出席簿を目にして思ったのは、私が清水と一緒にいたのはたった数日、それも時間にしてみれば一日もない。

 それなのに、どうして私は面倒事になると分かっていながら、清水を庇ってしまったんだろう。

 例え信じてもらえなくても、清水が寺修行に行った事を隠す必要なんてなかった。

 大切を知らない私は、肩書きがどうであれ、誰もが等しく他人だ。

 他人からの面倒事と束縛を嫌い、友達であったとしても、それは清水だって例外じゃない。

 それなのにどうして――


「ぶか……小深!」

「ん、あれ、千早?」

「何をぼうっとしてるんですか?」


 いつの間にか一限目は終わっていたみたいで、私の周りにはいつもの三人が集まっていた。


「小深ちゃん、ちょっと……かなり? まずいかも」

「まずいって何が?」


 小塩は手にした一枚の紙を、私に差し出した。

 そこには「速報! 天高あまこうの美少女Kにまさかのイジメ疑惑!」の見出しで記事が書かれていた。


「なにこれ!?」


 内容は、クラスや出席番号で誰か特定できるような作りで、断定的な事は書かれていなかったけど、憶測混じりで悪意のあるものだった。


「報道部、ですね」


 顔を上げると、いつも微笑みを湛えている千早も険しい表情を浮かべていた。


「報道部ってあの学内の暴露記事ばっかり書いてる部活だよね?」


 天美川高校の生徒で、知らない者はいないと悪名高い報道部。

 私はそういうゴシップネタに興味がないので、詳しくは知らないけれど、何かと耳には入ってくるわけで。

 そんな部活に私は目をつけられた訳か……それにしても情報の流出が早過ぎる。


「それに……ほら」


 小塩に合わせて周囲に目を配ると、クラスの三割の生徒が同じ記事を手にしていた。


「ホームルーム前には机の中に入れられてたみたいです」

「朝から!? という事は昨日の時点で記事が作られてたの?」


 確かに敵には回したくない部活だな……。

 どうしたものかと困っていると、唯華は記事を私の手から強奪し、真っ二つに破いてしまった。


「小深、文句言いに行くわよ!」

「えっ、どこに……!?」


 目に見えて怒りを露わにする唯華に手を引かれる。


「部室に行っても誰もいないと思うけど」

「行くのは隣のクラスよ」


 そう答える唯華に連れられたのは、隣の一組の教室だった。

 一組と二組は同じ文系コースで、合同授業では基本的に一緒になる事から、顔見知りが多かったりする。

 入口の一番近くに座っている彼女もそうだった。


「小深さんに唯華じゃん、珍しいね、どったの?」

金剛こんごういるでしょ。呼んで」

「あー、うん。待ってて」


 元クラスメイトの何某さん、唯華が不機嫌なのを察すると、早々に会話を切り上げてしまった。

 何某さんに呼ばれ、窓際の席から歩いてきたのは女生徒だった。

 運動部と思わしき褐色の肌、加えて活発な印象を受けるベリーショートの髪。なによりその髪型が似合う美人だった。顔は知ってるけど面識のない人だ。


「誰かと思えば寺本か。なにか用……?」


 唯華の後ろに控える私を見た金剛は、そんな綺麗な顔に似合わず、嘲笑混じりに口許を歪ませた。


「やだぁー、今話題の小深さんじゃない! わざわざ何の御用かしら?」


 発せられる悪意の込められた言葉から、顔は良いけど口は悪いタイプの美人なのだろうと察するに余る。


「白々しいわね、あのデタラメな記事を書いたのアンタでしょ」

「記事? あぁ、あれ! 読んでくれたの? ふふ、目の引かれる良い記事だったでしょう。天高の指折りの美人がまさかぁ、イジメをしてたなんて、ねぇ?」


 すごいな。性格の悪さがここまで顔に滲み出る事ってあるんだ。

 それに、わざと声を高くしているのだろう。一組の視線を集めてしまっている。帰りたい……。


「だから冤罪だって言ってんでしょ! あんな憶測だらけのデタラメ書いといてよく言うわね!」

「んふふ、ワタシ達、報道部はあくまで調査結果を記事にしているだけ。今回は証拠はなかったけど、あの記事を読んでどう判断するかは読者次第。それに、煙のないところに火は立たないって言うわよねぇ」

「くッ! アンタねェ!」

「ゆ、唯華、もういいから」


 この手の人間には何を言っても無駄だし、何より感情で動くタイプの唯華との相性は目に見えて悪い。

 清水の風邪が治れば、必然と誤解は解ける。それまでの間、少し我慢すればいいだけの話なんだから。

 私が諦めたと思ったのか、唯華は帰ろうとする私の手を掴んだ。


「よくないわよ! 友達を侮辱されてムカつかない訳ないでしょ!」


 唯華は、私を友達だと呼んで怒ってくれている。

 少なからず、私も唯華は友達だとは思っている。けれど、もし立場が逆ならこんなにも友達の為に怒る事が私にはできるのだろうか。

 きっとできない。それが私の答えだった。


「唯華、大丈夫だから」


 今の私にできる事は、私の為に怒ってくれている唯華の評判を落とさない様に宥める事。

 このままいても、遠巻きから見ている人達には誤解しか与えないだろう。


「でもッ――」

「大丈夫、私もムカついてるから」


 そう言い、金剛の前に立って彼女を見下ろす。

 金剛は清水より身長が高いものの、女子の平均身長以上である163センチある私は、それでも彼女を見下ろす事ができる。


「な、なにかしら」

「……」


 私は何も言わず、ただ真顔で金剛を見下ろす。

 美人の真顔は結構怖いって事を、教えてやろうではないか。


「うっ、い、いじめられる! 小深さんにいじめられるわ!」

「えぇ!?」

「はぁ!?」


 そう叫び出す金剛に、私も唯華も虚を衝かれたように困惑の色が隠さなかった。

 タイミングが悪い事に、二限の予鈴が鳴り逃げる様に金剛は教室の中に入ってしまった。

 私と唯華は顔を見合わせて、苦笑気味に笑う。


「あ、えと、またね?」


 何某さんも、困った様に愛想笑いを浮かべて、手を振るのだった。

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