第30話 永遠の静寂

幹線道路は穏やかな時間を取り戻し、人々の日常の中に完全に溶け込んでいた。朝から夕方まで車が行き交い、鳥の声が道の周囲に響く。ただの道路として見えるその場所には、かつての呪いや封印の物語を知る者はもうほとんどいない。


しかし、三木だけは知っていた。この道の平穏の裏に隠された犠牲と責任を。


守護者の日常


三木はいつものように道を歩いていた。鈴をポケットに忍ばせながら、通行する人々を見守る。彼にとって、この道を歩く時間は、自分自身がその道と一体化していることを実感する瞬間だった。


「平穏だな…」


鈴の音は完全に消え去り、怨念の影も再び現れる気配はない。それでも、三木は道のどこかに小さな異変が起きるたび、敏感に反応していた。守護者として、彼は常にこの道と共にあることを受け入れていた。


若き探求者との再会


ある日、三木は道の片隅で、以前に会った若い女性、道の探求者だった彼女と再会した。彼女はノートとカメラを持ち、再び道の周囲を調べていた。


「また会いましたね」


彼女が微笑みながら声をかけた。三木は軽く頷き、彼女の活動を見守った。


「道のことをまだ調べているんですか?」


「ええ。この道には、まだ伝えきれていない物語がたくさんあります。それをどうにかして記録に残したいんです」


彼女の情熱に触れ、三木は少し安心した。この道に宿る物語が消えることはないという確信を持った。


「あなたがその役目を担ってくれるなら、道も喜ぶだろう」


三木の言葉に、彼女は感謝の気持ちを込めて微笑んだ。そして、ふと気づいたように尋ねた。


「でも、あなた自身はどうするんですか?いつもこの道にいますよね?」


三木は短く息をつき、遠くを見つめた。


「俺にはここを守る役目がある。それが、この道と関わった者の宿命だと思ってる」


彼女はその言葉の重みを感じ取りながら、静かに頷いた。


最後の鈴の音


彼女が去った後、三木は道の奥へ向かって歩き続けた。誰もいない静かな道。木々が風に揺れ、穏やかな日差しが道を照らしている。


その時、ポケットの鈴が微かに揺れ、「チリン…」と一度だけ音を立てた。それは以前のような不気味さを感じさせるものではなく、まるで三木に何かを告げるような優しい音だった。


「最後の挨拶…かな」


三木は鈴を手に取り、目を閉じた。彼の中で、すべてが終わりを迎えたことを確信する音だった。封印は完全に安定し、道に潜んでいた最後の残滓すら消え去ったのだ。


未来への記憶


それから数年後、若い女性が記した道の物語が出版され、町で話題となった。その本には、この道がただの幹線道路ではなく、過去に隠された謎と犠牲があったことが丁寧に記されていた。


「道に宿る鈴の音——守護者と共に歩む物語」と題されたその本は、多くの人に読まれたが、その守護者が誰だったのかを知る者は誰もいなかった。


三木の姿は道から消えていた。しかし、鈴の音は二度と響くことなく、道は永遠に穏やかな姿を保ち続けていた。


静寂の守り手


幹線道路は、町の人々にとって当たり前の存在となった。道を通る者は誰も、そこに宿る物語や犠牲について知ることはなかった。しかし、誰かがふと道端で立ち止まり、穏やかな風を感じるとき、その風の中には、三木が守り続けた静けさが確かに存在していた。


彼の名前は忘れられたかもしれない。だが、彼の存在がこの道に永遠に刻まれていることだけは確かだった。


三木が守り続けた道は、今も静かに人々を見守り続けている。


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幅員〜道に飲み込まれた真実 星咲 紗和(ほしざき さわ) @bosanezaki92

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