第25話 道に宿るもの
三木が町に戻ってから数週間が経過していた。幹線道路はすっかり日常を取り戻し、誰もがその道を何事もなかったかのように使っていた。しかし、三木にとってその道は決して「ただの道路」ではなく、女性の犠牲と数多くの出来事が刻まれた特別な場所だった。
彼は図書館に残した手記がどれだけの人に読まれるのか分からないまま、日々を過ごしていた。しかしある日、図書館から連絡があった。
「三木さんの手記について、お話を聞かせてほしいという方がいらっしゃいます」
驚きとともに図書館を訪れると、そこには中年の男性とその家族がいた。男性は三木に深々と頭を下げ、話し始めた。
「私はあの道で行方不明になった者の家族です。あなたの手記を読んで、ようやくすべてを理解しました。道に隠された真実と、私たちが救われた理由を…本当にありがとうございます」
三木は静かに頷き、男性の話に耳を傾けた。男性の家族もまた、三木に感謝の言葉を伝えた。
「家族が戻ってきた今、私たちには新しい人生が始まりました。あの道で何が起きたのかを、決して忘れないようにしたいと思います」
三木はその言葉に救われる思いだった。彼の記録が少しでも多くの人々に届き、女性の犠牲が無駄にならないと実感できた瞬間だった。
鈴の導き
その日の帰り道、三木は再び幹線道路を歩いた。昼間の道路は穏やかで、車の音や人々の話し声が心地よく響いていた。しかし、彼はポケットに入れた鈴が少し温かくなっているのを感じた。
「…何だ?」
鈴を取り出すと、その鈴は微かに光を放っていた。そして風もないのに、鈴が「チリン…」と小さな音を立てた。三木はその音に足を止め、鈴をじっと見つめた。
「まさか…」
鈴の音は彼に何かを伝えようとしているかのようだった。三木はその音を追うように、道路の端を歩き始めた。そして、道端の木々が途切れるあたりで、小さな石碑が立っているのを発見した。
それは新しく建てられたものではなく、古びた石碑で、表面には見覚えのある鈴の紋様が刻まれていた。その石碑の下には、何か文字が掘られていた。
「この道に宿りし平穏を守る者へ——その犠牲を忘れるなかれ」
三木はその言葉を読み上げ、深く息を吐いた。その石碑は、道に刻まれた犠牲と真実を伝えるためにそこにあるのだと理解した。そして、その石碑の存在が誰に知られることもなく、この道の記憶を永遠に刻み続けることを悟った。
道を守る決意
三木は再び鈴をポケットにしまい、道を振り返った。この道は今や誰もが通れる安全な場所となり、多くの人々の日常を支える役割を果たしている。しかし、この道に隠された物語を知る者は限られている。
「彼女が守ったこの道…俺も守り続けなきゃならない」
三木はそう決意し、歩みを進めた。彼の心には、鈴の音とともに女性の微笑みが鮮明に浮かんでいた。そして、彼女の犠牲が新たな命を支え続けることを確信していた。
エピローグ
三木が去った後、道端の鈴が再び微かに響いた。「チリン…」その音は誰にも聞こえることなく、風に溶けて消えていった。しかし、その音が意味するのは、この道が誰かに見守られているという静かな証だった。
幹線道路は穏やかな風景を取り戻し、人々の生活の一部としてあり続けた。だが、その裏には決して忘れてはならない物語が刻まれている。それを知る者は少なくとも、その記憶は鈴の音とともに、静かに道に宿り続けていた。
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