第4話 バイト、登場

 クロジさんが食べ物に関する好奇心を思う存分発揮しているうちに夕方になり、バイトたちが出勤してきた。


「あ、熊子ゆうこさん、こんにちは!今日は大勢で来られたんですね!」

「しーちゃんこんにちは! 今日はなんか親戚一同みたいな感じで来ちゃった!」


 最初にシロクマのしーちゃんことシータさんが出勤してきた。若いので毛並みが真っ白で、いかにも清楚系美人と言った感じでモテそうな子だった。黒いセーターを着てベージュのパンツルックで、靴は仕事用らしく茶色のスニーカーを履いている。


「ちーっす!熊子さん、今日も綺麗ですね!もしかして、恋しちゃってます?」

「ベータくん、何言ってるの……」


 次にやってきたのはヒグマらしく茶髪のベータさんだった。年上の女性にも気軽に軽口かるくちをたたく、いかにも今どきの若者と言った感じのクマだ。縦縞のシャツに派手なワッペンが幾つもついたダメージデニムを穿いて、首からはシルバーのネックレスを下げている。客商売としてはギリギリの線だなとボクは思った。


「あ、熊子さん……どうも……こんにちは……」

「チータくん、今日も大人しいね……」


 最後に出勤してきたのは、チータさんという名前のツキノワグマだった。ツキノワグマらしく真っ黒な髪で、黒縁のメガネをかけてチェックの襟付きシャツにジーパンをはいている。なぜかボクのモノローグの中でもベータくんが穿いているとデニムになり、チータくんが履いているとジーパンになるのだった。


「クマイ……この服装は」

「ええ、間違いなく『正装』です」

「画にかいたようなー牛だね!」


 正装、というのはボクが卒業した動物工業大学のおよそ9割の学生が着ている、「ユ〇クロやし〇むらのチェック柄の襟付きシャツとジーパンの組み合わせ」なのだった。むせ返るほどの彼女いない臭にボクは息が詰まりそうになった。研究室で写真などを取ると、ほぼ全員がこの服装をしていて、違うのはチェックの柄くらいだったりするから恐ろしい。なお、動工大にダメージデニムを穿いてくる人はまずいないが、もし穿いていると会う人全員から「ズボンに穴が開いているよ」と親切心から注意されるので気をつけないといけない。


「うーん、個性が違いすぎる3人だぜ……」

「とりあえず、様子を見るしか無いわ!」


 ボクも姉の意見に同意し、喫茶店の中の様子をじっと見守った。


 しばらく見ていると、ベータさんは仕事帰りのOLさんと思しきお姉さんから、地元のおばあさんまで満遍なく声をかけている。これはこれでカフェとしては有難いキャラクターなのだろう。


「けっこう、女性のお客さんが多いね!」


 クロジさんがそう言った。


「この喫茶店は軽食も出してくれて、サラダや野菜とハムのサンドイッチのセットなど女性向けのヘルシーメニューが多いわ… 恐らく、会社や学校帰りの一人暮らしの女性が、夕食代わりに食べていくことも有るんじゃないかしら。」

「確かにそうだな… まあ、ナポリタン焼きそばなんて言う男向けのメニューも入ってるけど、女性用のメニューに力が入ってる感じだぜ…」


 シータさんは主にお客さんの注文をとってきたり、カウンター内で飲み物を作ったりしている。そして、チータくんはミルの掃除とか、コーヒーメーカなどの器具類の洗浄などを主にやっているようだった。


「いまのところ、うまいこと分業できているようですけどねぇ…」

「そうだな、特に問題は無さそうだが…」


 この店は比較的、客とスタッフの距離が近いらしく、おばさんクマのグループとベータさんが喋っているのが聞こえたりする。


「いやー、コイツほんっとにモテないんすよ! 彼女いない歴と人生が同じなんすよ!」

「そりゃー、ベータくんみたいにはモテないわよー」

「チータくんも、ベータくんのファッションとか見習ったらいいんじゃない?」


 チータさんはベータさんとおばさんクマにいじられて苦笑いをしているが、なんだか悔しそうだ。


「動工大にあんなファッションで行ったら気が狂ったと思われますよ……」

「キャラクターが違うから、形だけ真似ても仕方ねえと思うぞ……」

「私、チャラ男は嫌い……」


 熊子ちゃんがボソっと自己主張した。みていると、ベータさんは女性のお客さんからLINEを交換してほしいと言われたり、確かに何かとモテているようだ。ただ、流石に店内で自分の方から女性客にLINE交換をお願いしたりはしていない。話が面白いし、あまり危険そうに見えないのだろう。


 一方でチータさんはどちらかというカウンター内の作業に集中しがちで、たまにシータさんに声をかけられるとやたらと嬉しそうな顔をしている。一方でそういう状況を見かけるとすぐにベータさんが来て、何か楽しそうな話題でシータさんを引きはがそうとするのだった。シータさんを取られたチータさんは、なんだかとても悲しそうなような、恨めしそうなような顔をしていた。


「確かに、なんだかギスギスしているわね……」

「どうしたら良いんでしょうねぇ……」

「まぁ……若者の三角関係なんて、どこもこんなもんじゃないかしらね」

「若いっていいような、悪いような感じがするね……」


 若者たちの恋のさや当てをみて、熊子ちゃんは若干複雑な気持ちのようだった。


「とりあえず、どうしましょうかねぇ……」

「個別に話を聞いてみるしか、ねえんじゃねえか?」

「ただ、沢山の大人たちが取り囲んで事情を聞いたら困惑するんじゃないかしら?」

「どうするか、悩みますねぇ……」


 

※チー牛:オタクや根暗な男子を指すインターネットスラング

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る