3.旅支度(後編)
「「ハレルヤ、ハレルヤ。」」
二つの明かりはゆっくりと上昇していく。番いの流れ星のみが次第に小さく見えるようになり、ようやく天の川の中の一つの天体となり、やがて夜闇に溶け込んだ。
澪は固唾を飲んでそれと目で追っていた。時折、目を擦ってそれが現実のものなのかを確認していた。私も片時と目を離さず、今の瞬間に起きている事象は無作為に宝石を机の上に勢いよく出して、弱いライトを当てたの如く深く感動した。星が空にとどまる様子に陶酔していると澪が「早くここから出ないと。」と言った。確かに名残惜しくはあるが、ここにずっと居ていられるほどの暇はない。私と澪は荷物を持って暗い山道へと足を踏み入れた。途中はお互い、あのランタンの余韻が残っていたせいか話すことはなかった。ようやく澪が話し始めたのは、山を降りてからである。幸い、二人の様子は誰にも見られてはいなかった。
「あ、見てあれ。」
指を指す方向を見てみますと多くのランタンが上がり始めたのだ。
「沢山あるね。」
澪は「私達が先頭だけどね。」と言うと二人は腹を抱えて笑った。それからどこへ行こうかと話して、「もう一度、川へ行こう。」と言うと「川は同級生がいるので嫌だな。」と言ったので海へ行くことにした。道中で先程山で話した、「友達」について澪が私に話し始めた。
「私ね、友達の皆んなから嫌われているんだ。」
「皆んな。」
私は皆んなという言葉に突っかかりを感じた。
「仲良くしているように見えても、それは皆んな自分の居場所がないから。」
私にはいまいちわからなかった。友達がいなくて気持ちが伺えられることができないといった具合でなくて、言葉の根底としてである。いつも楽しそうに笑って過ごして、明るい友達等に囲まれて、運動や勉強もそこそこでき、先生からの評価も良い、澪が嫌われるような性分でなかったから、その意味を理解することが難しいかった。
「どんな人もさ、表と裏があるんだよ。」
悲しい顔をしていたのでどうにかしなければと思い、不器用なりに澪の前に小走った。
「でも、私はどっちの澪も好きだよ。」
澪はふっ、と笑って、「“好き“って大袈裟だな」と私の顔をみた。
「でも、ありがと。私も紬が好きだよ。」
澪の笑った顔はいつもより眩しい気がした。
気づけばあんなに沢山あったランタンがもう数えるほどしか宙になかった。
「紬。」
「ん。どうしたの。」
「ありがと。こんなこと話せる人が居なかったから。」
「私の方こそ。初めての友達だし。嬉しかった。」
話している間に海についた。相変わらず海は音を立て、砂浜は波が来るたびに模様を描いていた。
澪は私を置いて砂浜へと遠ざかる。二十米位離れた先から「おーい。」と言って両手を大きく振った。
私は澪の元まで走ろうと思ったが、思いの外砂浜は足場が悪く、少々ばかり躓いた。だが、今はそんなことも滑稽に感じられた。こんな日が毎日続いたらいいのにと心中で思った。二人はそのまま10分程海を駆けたり、眺めたり、足に海水を潜めたり、かねてより小さく、か細く、くだらない余暇を過ごした。
やがて、二人は足跡のたくさんついた砂上へ大に寝転ぶと澪が言った。
「ねえ、紬。このまま二人で寝てしまおう。」
「二人で。」
私が笑うと澪は頷いた。
「このまま朝まで一緒に居よう。」
確かに、天井は満点の星屑等で寝床が繊細なる砂の上ならこの上ない胸懐になってしまうことは違いなかった。が、家族が心配することを思うと、気が引けた。
「でも、家の人が心配してしまうよ。」
「大丈夫。その時は一緒に怒られよう。」
私は「なるほどな。」と思った。確かに怒られることを覚悟すれば問題ない。或いは、興奮した気持ちを抑えることが出来ないのか。詰まる所に今の私は彼女に洗脳されているらしい。
「わかった。今日だけだよ。」
澪は安堵した顔でこちらを見つめた。やっぱり同じ学年のうるさい一群につるんでいるだけあって、顔が可愛らしい。そんな澪の頬は夏の屋台にある赤い林檎飴のように照った。
「良かった。ありがと。」
ああ、笑った顔も狂ったように麗しい。
ああ、これが本当の意味での友人なんだ。
ああ、このまま意識が亡くなればこれも本懐であるとすら感銘した。
二人は心にかぶさるような波音を聞き深く深く、沁々と眠りについたのでした。
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