最終話 エピローグ
「砂那ちゃん~こんなに可愛くなってぇええ~」
「ちょっと大橋、涙が汚い。こっちに来ないで」
「それが彼氏にいうセリフ!?」
「あ、あはは……」
トキくんと無事に付き合うようになった、次の日。私はトキくんに見せた格好で、学校に来た。全く初めての自分に、ドキドキして、変に思われないか心配で、足が震えた。下駄箱まで、あと少しの距離。転ばないか心配するほど、私の足は覚束ない。
だけど、そんな時は思い出す。不安になったら、トキくんの言葉を思いだす。
「似合ってるよ、かわいい、砂那」
「……トキくん、おはよ」
「おはよう、砂那」
思い出している途中で、本物のトキくんが私の背後から現れた。そして、何の前触れもなく私の手を握る。恋人つなぎだ。
これには、私の隣にいたしずかちゃんと大橋くんもビックリして声を出す。「ええ、え!?」すると、トキくんが勝ち誇ったような顔で「そういうことだから」と静かに笑った。その顔がかっこよくて……思わず目を奪われてしまった。すると、しずかちゃんに見事に見透かされる。
「さーな!なに自分の彼氏を見て惚けちゃってんのよ」
「ご、ごめん。いや、だって……まだ、信じられなくて……」
「ほんとにね。だけど、砂那。よく頑張ったね。私、本当に嬉しい」
「しずかちゃん……」
いつも強気な笑みのしずかちゃん。だけど、今ばかりは……お花が咲いたような可憐な笑顔で私を見つめてくれる。そんなしずかちゃんに、何度でも言いたい。「ありがとう」って言葉。
「しずかちゃん、私とお友達になってくれてありがとう。支えてくれてありがとう。いつも、励ましてくれてありがとう……しずかちゃん、大好き」
「砂那……」
今にも泣きそうな私の目を見て、しずかちゃんは笑った。「せっかくのお化粧が台無しだぞ。ほら、彼氏に拭いてもらっておいで」と、私をトキくんの方へとポンっと押した。
ありがとう――何度言っても、きっと伝わらない。今の私は、しずかちゃんや大橋くん、そしてトキくん。たくさんの人の愛で生まれたようなものだから。
「みんな、大好き……」
半分泣きながら呟くと、トキくんと握っている手が少し窮屈になった。見ると、トキくんが少し不満そうな目で私を見ている。
「大好きなのは、みんな?」
「え……」
「俺は、砂那が一番に大事で大好き」
「と、トキくん……」
ちょうど下駄箱に着いた時にそんなことを言われるものだから、他の人にも皆に聞こえてしまう。そして「大ニュース!!」と一気に校内が騒がしくなった。
「え、あ……だ、大丈夫かな?」
「大丈夫。むしろ、俺は早く言いたい。砂那は俺だけのものだって――」
「っ!」
朝からトキくんの熱にやられてしまいそうで……思わずギュッと目を瞑った。すると、トキくんは「これだから砂那は」と呆れたように声を出した。そして、私の耳元で「いいの?」と囁く。
「昨日よりも激しいキス、しちゃうよ?」
「~っ!」
ダメです!と言おうとした、その時に、校門の近くが騒がしいことに気づいた。すると隣で「あれ、アオじゃん」としずかちゃんが涼しそうな声で言う。
「え、アオくん!?」
「しかもウチの制服着てるよ?まさか編入した?いや、まさかね~」
「さ、さすがにそれは……」
しずかちゃんと苦笑しあっていると、苦虫を嚙み潰したようなトキくんが「合ってるよ」と下駄箱を指さした。
「ほら、ここ。ウチのクラスにアオの名前が貼ってある……」
「え」
「あらまー。ほんと。砂那が諦めきれないのね、アオ」
するとやっと編入生だと理解してもらったアオくんが、走って私とトキくんの前に来た。だいぶ無理をして走ったんだと思おう。息が上がって、肩がすごい速さで上下に動いてる……。
「おい、お前!!」
「え、俺?」
「そう!お前!!」
息も絶え絶えにトキくんを指さすアオくん。するとしずかちゃんが「お前じゃないよ。砂那の彼氏のトキくんだよ」と冷やかしを込めた声色で応戦した。
すると当然、アオくんも怒るわけで……
「お前!トキ!!決闘を申し込む!今ここで柔道で勝負しろ!今すぐだ!!」
そんな事を、皆がいる前で言っちゃうのだった。
「試合ならもう申し込んでるでしょ。でも、今はダメ。ほら、動いた動いた。じゃあ砂那、私はアオを連れて職員室に行ってくるわ」
フーフーと猫が怒っているようなアオくんをものともせずに、しずかちゃんはアオくんを連れてこの場を去る。「え、しずかちゃん?大橋くんは?」と聞くと、「自分たちの事もついでに噂してくれって、校内中を走り回ってるよ」と、困ったようにしずかちゃんが答えてくれた。
耳をすませると、確かに。「俺と相条しずかも付き合ってるんだよー!!」という叫び声が、かすかに聞こえる……。しずかちゃん、恥ずかしくないかな?大丈夫かな?
心配でしずかちゃんの後ろ姿を見ていると、他の男子から「本当に付き合ってるの?」と早速聞かれていた。すると、
「……うん、付き合ってる。あのうるさいの、私の彼氏」
そう言って、嬉しそうに笑うしずかちゃんがいた。
「もう大丈夫そうだね」
「え」
「お試しで付き合ってるって言ってたけど、あの二人、馬が合いそうだ」
その口ぶりに、トキくんもトキくんなりに二人を心配していたのだと知る。そっか、大丈夫だってトキくんの目にもそう映ってるなら、本当に大丈夫だね。
私は、離れてしまった手を、また伸ばす。トキくんの大きい手にコツンと、控えめに当ててみた。
「砂那?」
「手、繋ご?あ、その……嫌じゃなければ」
勢いで誘ってしまったものの、すぐに我に返り恥ずかしくなる。だけどトキくんは「嫌なわけないよ」と、すぐに手を繋いでくれた。
「あったかいね」
「そうだね。砂那と一緒だと、落ち着くしあったかいし……いい事ばかりだ」
「本当あったかい……って、セミが鳴きそうな季節だけどね」
自分で言って、そうだ、今は五月だと思い出す。入学式から今日まで、長かった気がするのに、まだ二か月しか経っていない事にビックリした。
すると、トキくんが言った。
「まだ五月か。これからたくさん、二人で高校生を楽しめるね」
そう、期待を込めて口にしてくれた。そうか、これから丸々三年間、ずっとトキくんと一緒にいられるんだ……!嬉しくて、こそばゆくて……そして、明日がもう楽しみで。トキくんも、同じ気持ちだと嬉しいな。ううん、きっと同じ気持ちでいてくれてるはず。
「トキくん」
「ん?」
「これからも、よろしくね。楽しみがいっぱいだね!」
すると、トキくんも笑ってくれる。俺もだよ――と一言添えて。
そして私たちは教室を目指して歩く。一歩、また一歩と。何気ない話をしながら、時には過去を振り返りながら。
そして思う。
明日を、その先を思う。
だけど、時には不安を抱く時もある。漠然と、自分に自信がなくなる日が来る。だけど、大丈夫。また不安になったら、その時は大好きな人を見ればいい。そうしたら、きっと自信が返ってくるから。大丈夫だって、思えるから。
だから、私は自信をもって、前を向いて歩いていこう。そうしたらきっと、自分が思った以上の幸せが、訪れるはずだから――
【完】
寡黙なトキくんの甘い溺愛 またり鈴春 @matari39
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