第2話 プラトニック・セックス

 玄関の扉を閉じると腕を引っ張られた。

美鶴みつる……あぁ、悪かったよ、揶揄からかって」

「いいのかおる、それよりもベッドに行きたいわ」

「わかった。……ん?…………熱か?熱いぞ」

 天気予報じゃ今日は冷え込むって言っていたのに、運動会の片付けに時間を食って帰りが遅くなってしまった。薫はコートを羽織らせていたが、それでもきつかったか。


「先輩、とりあえず全部持ってきました」

「ありがとう。これで全部ね、じゃ片づけておくわ」

「よしっ、ご苦労。解散だ」

「はーい。じゃ、来週の部活で」


「——大方片付いたわね……アラ?」

 物置の中で古い蓄音機が眠っていた。レコードも一緒だ。

「少し埃被ってるな。まぁこの部屋じゃ無理もないか」

「これまだ使えるんじゃない?曲も良いのがあるわよ」

 レコードの埃を軽く払い、針を新しく取り換える。

「お、かかった……それじゃどうだい?」

「わ、私踊ったことないわよ」

「いいのいいの。ホラ、寒いだろ」

 薫は美鶴の手を取り体を引き寄せる。

「ワルツで体が温まるかしら」


 ——レコードはやや調子が悪く、埃や前の針の状態から音質に影響しているようだ。リズムが乱れるせいか、千鳥足の様に美鶴がふらつく。

「あの状態で再生するのは難しかったかな…………美鶴?」

 美鶴は黙って上の空。足もよろめくというより、まるで高熱でも出した者の様にズンと重くなる。薫にとって、不可思議にもそれは新鮮な重みだった。

 あっ!

 美鶴が欠けたタイルで蹴躓けつまずく。 

 見せやしないが、薫はいつになく美鶴のからだの重みに敏感だった。いままで女に億劫おっくうという意識もなかった。自慢することでもないが、若くして何人と何度体を重ねたか分からない。この美鶴とも。そんな薫が、初めて女性という重み、人間という重みをはっきり覚えた心地がした。

「ウゥ……寒い……美鶴、そろそろ帰るかい?」

 薫は後ずさりしかけた自分をまぎらかすように、美鶴に抱きついて暖を取った。

「……ううん。…………温めて」

「ん?…………フッ、ぼくに埃の床で組み敷く趣味はないよ」

 美鶴は照った顔をわずしかめて、薫はその頬にキスをして、ふたり倉庫を後にした。


「——具合はどうだ、なにか必要なものは?」

「大丈夫よ、疲れるほどじゃないわ」

「そうか、じゃ……」

 おやすみ、と美鶴に顔を近づける。 

「だめよ、うつるかもしれないわ……」

 言葉と裏腹な、湿ったその唇を親指で撫でた。

 薫は爆発しそうな衝動を、理性でいたずら心にすり替える。

 今度は俺の番だ、うんとたかぶらせてやる。とりこにしてやる。

「かまうもんか」

 照った美鶴の顔を引き寄せ唇を奪う。キスだけをするほんの数秒、薫は熱くしかし優しく、柔肌をむ様に唇を重ねた。

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おまけ ティラミスは劇薬か媚薬か 超短編 レトロスキー2005(昭和81年生まれ) @hard_boy

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