第4話

天文台からの帰り道、俺はエヴァンスの車に揺られながら、埃に塗れた街の景色が流れ去っていくのを、ぼんやりと眺めていた。遠くにぼやける街の灯りは霧にかすみ、どこか冷ややかでよそよそしい。エヴァンスに車を出してくれた礼を言い、俺とローザは言葉少なに事務所に戻った。扉を開けると、いつもの馴染みの薄暗い空間が俺たちを迎え入れる帰る場所と言うには味気なさすぎるが、それでも他に行く当てがあるわけじゃない。

 ローザは疲れた素振りを見せることもなく、いつもと変わらずに鼻歌を口ずさみながら、窓際に置かれた観葉植物に水をやり始めた。小さな緑の葉が彼女の手のひらで揺れ、静かに生命を謳っているようだ。そんな彼女にふと目を奪われた。

「で、何かわかったの?」

と、彼女が言葉を投げかけてくる。背を向けたまま、振り返りもせずに、その声だけが俺の耳に届いた。

「いや、正直、大した収穫はなかった。妙な『声』なんてのも、エヴァンスの単なる幻聴だと片づけたいところだ。だが、あの泥まみれの足跡……あれが引っかかる」

俺は言葉を飲み込みながら、デスクの上に放り出してあった古びたラジオのつまみを回した。雑音ばかりが混じっている。途切れ途切れにかすかに音楽が聞こえたり、ニュースらしき声が割り込んできたりするが、何一つ明瞭には聞こえない。

「まったく、電波の調子まで悪くなるとは……」

と、呟きながらラジオに視線を落とす俺に、ローザが興味なさげに一瞥をくれた。水やりを終え、窓際から離れる彼女の背中越しに、ふいにラジオから天気予報の声が流れてきた。

『……ザザッ……明日は、一日を通して晴天……絶好のハロウィン日和になるでしょう……』

 その時、ある仮説が、俺の頭に浮かんだ。何かが繋がったような気がした。エヴァンスが話していた妙な『声』のこと、泥まみれの足跡、そして、アカマツ……。俺は静かにポケットから煙草の箱を取り出し、一本を口に咥え、マッチに火をつけた。薄暗い部屋の中で、小さな炎が揺らめき、俺の顔を一瞬だけ照らす。

 そんな俺の仕草を、ローザはじっと見つめていた。いつもの余裕ある表情の奥に、かすかに好奇心が覗いている。その視線に気づき、俺は煙草の煙を一息吐き出すと、ふと目を細めた。ローザが軽く片眉を上げて微笑む。

「どうやら、何か掴んだみたいね、マービン」

「……ああ。まだ仮説にすぎないがな」

紫がかった煙が渦を描きながら空気に溶け込み、青白い煙が視界の端で揺れた。



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