第3話 生誕

 とある村人の家に、一人の赤ん坊が生まれた。


「あなた……生まれた……生まれたわ。わたしたちの赤ちゃんが……」

「ああ。頑張った……頑張ったなあ……」


 生まれたばかりの赤ん坊を嬉しそうに抱える女性、名をミシェル・リュクス。

 その傍らで女性を支える男性、グラス・リュクスは涙を流しながら赤ん坊の頭を優しく撫でた。


「はは。かわいいなぁ。……そうだ。この子の名前はどうする?」

「そうねぇ。幾つか候補を考えて……この子が気に入ったものにしましょうか」


 夫婦はそう言うと、互いに思い思いの名前を出し合った。

 シャルル、ジオス、ジジェルにラクス。

 ひとしきり出し合った後に、名前を呼んで人差し指を握ってくれたものを選ぼうと、そう思っていた。


 だが、そんな夫婦の微笑ましい時間は、赤ん坊の開眼と共に終わりを告げた。


「あら、あなた!目を開いたわよ!」

「おお!本当だ。かわいいなぁ〜〜」


 デレデレと赤ん坊を愛ででいたその時、赤ん坊の右眼に刻印が浮かび、赤き輝きを放つ。


(私が宣言する。——我が名は、アルトゥリス。皇帝アルトゥリスだ!)


 二人の脳内に直接届いた、成人男性の様な低い声。

 その瞬間、二人は何故か赤ん坊をその名前にしなければ、という思いに駆り立てられた。


「アルトゥリス。この子の名前はアルトゥリス・リュクス」

「ああ、そうだな。この子はアルトゥリス。未来の皇帝アルトゥリス・リュクス様だ」


 グラスは赤ん坊のアルトゥリスを抱えると、天高くに持ち上げ宣言した。

 窓から差し込む光も相まって、その光景は神の生誕にも酷似していた。


 数秒後、正気に戻った二人は顔を見合わせる。


「あら?私は何を……」

「ああ……僕は何してたんだっけ?」


 今までの行動が思い出せない。

 だが、赤ん坊の名がアルトゥリスという事だけが、二人の脳内に深く刻まれていた。


「「ま、いっか」」


 能天気な二人は記憶の欠如を気にも留めず、それぞれの作業に戻る。


 ミシェルはアルトゥリスの世話を、グラスは畑を耕しに。


 この日はリュクス夫婦にとって、とても幸福な一日をだったそうだ。









 * * *


 アルトゥリス誕生の少し後、リュクス夫婦の隣家——ソラリス家にも一つの命が誕生していた。


「あら〜〜。見て、あなた。可愛い女の子よ〜〜」

「そうだな。お前に似て、可愛いよ」

「まあ、あなたったら」


 いちゃいちゃと仲睦まじく戯れ合った後、こちらの夫婦もまた、娘の名前を決めようとする。


 その時、二人の脳内に女性の声が直接語りかけて来た。


(その子はジャンヌ。神に選ばれし子、ジャンヌです。ジャンヌと名付けなさい)


 夫婦は顔を見合わせ、同時に天の声が聞こえた事に歓喜すると、深く頭を下げた。


「はは〜〜。神様、承知しました。この子……ジャンヌを立派に育ててみせます」

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2024年12月2日 07:00

モブ、覇道を征く~悪逆非道の皇帝は村人Aに転生してなお世界征服を企てる~ 銛王貝(もりおうがい) @sou1234

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