第2話 悪逆転生

「……ざ……なさい。目覚めなさい。皇帝アルトゥリス」


 自身を呼ぶ麗しき女性の声で、皇帝アルトゥリスは目を覚ました。


「目覚めたようですね。皇帝アルトゥリス。私が誰か分かりますか?」


 そう言った女性は、背中に純白の両翼を従え、髪は絹糸のように煌びやかな金色。

 その肉体からは何処か神々しきオーラの様なものが溢れていた。


 皇帝アルトゥリスは、女性と同様の雰囲気を持つ者と過去に遭った事がある。

 アルトゥリスは女性の正体を口にした。


「神か」

「御名答。私の父から奪った魔眼の調子は如何ですか?」


 冷徹な眼差しでそう告げる女神からは、怒りと殺意がひしひしと伝わる。

 そんな殺気を受けてなお、アルトゥリスは笑みを浮かべ、あえて挑発で返す。


「好調だ。お陰で世界を我が手中に治めることが出来た。父君に礼を伝えておいてくれ」


 アルトゥリスのその言葉に、女神はギリギリと強く歯を噛み締め、アルトゥリスに手の平を向けた。

 放たれたのは煌々たる閃光。

 アルトゥリスの反応できぬ速度で放たれたそれは、まるで光の道筋。

 その身に触れれば人間など容易く消し飛ぶその一撃は、アルトゥリスの真横を通過した。


 たらりと頬を垂れる血液を感じ、アルトゥリスは女神を見据え、言った。


「殺さないのか?」

「今はまだ。そもそも天界での殺害行為は認められていないので」


 難儀なルールもあるものだ、とアルトゥリスは思う。


「では、貴様は何のために私の前に現れた」


 アルトゥリスの問いに、女神はクスリと笑みを浮かべ、答えた。


「もちろん、復讐ですよ」


 それは神と呼ぶにはあまりにも悍ましく、悪魔とでも敬称すべき笑み。

 女神は悍ましき笑みを浮かべたまま、アルトゥリスに語りかける。


「貴方はこれから転生します……が、これも運命ですかね。貴方の転生先、私が管轄している世界になったんです」


 その言葉にアルトゥリスは嫌な予感を感じつつ、続く女神の語りに耳を向ける。


「ふふ。転生先の肉体や能力、全て私が決められます。そうですねえ、何に転生したいですか?蟻?それとも微生物がお好みですか?」


 半透明のボード状のなにかを、女神は楽しげに操作している。


 恐らくあれで転生先の設定か何かをしているのだろう。

 このままでは、人間以外のナニカに転生させられてしまう。

 今まで女神のセリフからそれを悟ったアルトゥリスは、その上で笑みを浮かべる。


(その考えはよし。だが、私の前で操作する辺りが、あの父にしてこの娘ありとでも言ったところだな)


 アルトゥリスは堂々とした態度で、女神に返答を返す。


「選ばせて貰えるのか?」

「ええ。微生物の種類くらいなら」


 見下す様な女神の眼差しがアルトゥリスに向けられるが、アルトゥリスはその時を待っていた。


 右眼に宿す『支配の魔眼』を発動し、紅蓮の眼で女神を見つめる。

 その眼を見た瞬間、女神は慌てて自身の瞳を閉じようとした。


「——しまった!!」

「もう遅いっ!!」


 一瞬でも瞳を見たら最後。

 女神はアルトゥリスの支配下に堕ちる。


「アルトゥリスが女神に命じる——転生先を人間にしろ」

「かしこまりました」


 操り人形の様に言われるがまま、女神はボードを操作する。

 数秒後、ピタリと動きが止まった事から命令が遵守された事を確認したアルトゥリスは次の命令を考えていた。


 しかしその時、異変は起きる。


「あ……まり……神を……ナメ…る……なよ」


 女神が意識を取り戻した。

 それだけに留まらず、四肢を自分の意思で動かし始めている。


 このままではマズいと感じたアルトゥリスは、再び支配の魔眼をかける。


「アルトゥリスが女神に命じる——女神よ、我が命に従えっ!!」


 再び発動した支配の魔眼。

 だが、それでも女神の抵抗が上を行く。


 時間を掛ければ不利と判断した女神は、ボードを適当に操作すると、別方向でアルトゥリスにデバフをかける選択を選ぶ。


 風を切り、一瞬でアルトゥリスの眼前に移動した女神はまだ使われていない『輪廻の魔眼』に封印を施す。


 小さな光の輪がアルトゥリスの左眼に侵入し、ガチっとロックをかけた。

 謎の攻撃を受け、流石のアルトゥリスにも動揺が見える。


「な、何をした!」

「封印ですよ。これで貴方は二度と転生できない。次は——右眼ですっ!!」


 再び現れた光の輪に危機を感じたアルトゥリスは、強く宣言した。


「アルトゥリスが女神に命じる——女神よ、止まれっ!!」


 光の輪が右眼に入る寸前、ピタッと女神の動きが止まる。

 だが、完全には静止していない。

 ジリジリと、少しずつだが確実に光の輪は右眼に迫っていた。


「ふふ。神を甘く見た報いです。さあ、大人しく運命を受け入れなさい」


 女神は勝利を確信していた。

 事実、アルトゥリス自身もこのままでは右眼を封印されてしまうと分かっている。

 故に、アルトゥリスは再び女神の目を見つめる。


「また支配の魔眼ですか。それはもう、私には効きませんよ」

「だろうな。だが、私自身に対してならどうだ?」


(この男は何を言っている?こんな場所に鏡なんて……)


 女神はアルトゥリスの発言に疑惑を感じたが、瞬時に彼の狙いを察する。


「——まさかっ!!」

「そうだ!映っているぞ!貴様の瞳に、この私がなあっ!!」


 鏡の要領と同じ。

 アルトゥリスは自身に魔眼をかけ、大きく宣言した。


「私は私自身に命じる——アルトゥリスよ、転生せよっ!!」


 アルトゥリスの肉体が輝く粒子となり、下界へと降りて行く。


『はーーはっはっは。さらばだ、女神よ。縁があれば、また会おう』


 これは、転生の合図。

 逃すものかと、女神は光の輪を粒子に投げつけ、アルトゥリスの後を追った。


「皇帝アルトゥリス。絶対に逃さない」

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