二年目の春2
2-31:少しだけ寂しい、いつもの日々
いつもと変わらぬ、魔砕村のとある日。
杉山家の家族を駅で見送った別れの日から、はや数日が経った。
空はまたいつも通りの日々を、まだ少しだけ寂しい気持ちと共に過ごしていた。
「おはよう、空」
「おはよ、ばぁば……」
朝、台所にやって来た空が目を擦りながら挨拶をすると、雪乃は割烹着で濡れた手を拭って微笑んだ。そしてまだどこかぼんやりしている空をひょいと抱き上げ、その顔を覗き込む。
「よく眠れた?」
「うん……だいじょぶ」
空は小さく頷き、雪乃の首にしがみついて肩に顔を埋めた。雪乃の足元では、空についてきたフクちゃんが心配そうにうろうろしている。
空がいつも通りよく眠れたのは本当だ。ただ朝起きた時にふと横を見て、一人きりの布団を少し寂しく感じてしまう。フクちゃんが温かい羽をすり寄せてくれても、小さなため息が零れてしまう。そんな事をここ数日繰り返しているだけで。
「今日も良い天気よ。朝ご飯も、もう出来ているわ」
「ん……」
雪乃はそう言いながら、優しく空を揺すった。温かな腕に抱きしめられて揺られていると、目が覚めて隣を見た時に感じた寂しさがゆるゆると解けてゆく。
もう少しすれば、きっとまた慣れて寂しくなくなる。
空はそれまでは甘えさせてもらおうと目を閉じた。そんな空を見つめながら、雪乃は独り言の様に呟いた。
「ねぇ、空、憶えてるかしら。去年の今頃、空はまだやっとちょっと元気になったところだったわね」
「うん……おぼえてる」
「まだお外にもあんまり出られなかったわ。だから、春のこの村には空が知らない事がまだ沢山あると思うのよ」
「ぼくの、しらないこと……」
「そういう新しいことを探して、また皆に教えてあげられたら良いと思わない?」
「みんなに?」
「そう。たとえばね、近いうちにばぁばと一緒に裏山に山菜を探しに行ったりするのとか、どうかしら?」
雪乃の言葉に、閉じていた空の目がカッと開いた。
「さんさい……!」
山菜はすなわち食べ物だ。食べ物というなら空が食いつかないわけがない。しかも裏山に行くというなら、空がまだ知らない山菜を採りに行くということだろう。
まだ見ぬ、春だけの食べ物。
「ぼくのしらない、おいしいのある!?」
「ええ、美味しい物が色々あるわよ」
「いく!」
空は今日も元気に食いしん坊だった。
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