第14話 7つの子

『神だか何だか知らないけど思い知らせてやる。拘束を解いたのは誤りね。』


美佐子の形態が変化する火傷爛れた顔。特に口が大きく裂け、歯が牙に生え変わる。筋肉も隆起して前よりも格段に邪悪さが増している。


『約束は守ってもらうわよ。』


「出来てから申すが良い。」


鉄扇で仰ぎながら余裕と言わんばかりの態度で構える弁財天様。口元は鉄扇で見えないが笑っているように見える。


『すまして余裕ぶっこいてんじゃねぇ!このアマ!怨霊千手陀羅尼・滅!』


さっきとは比較にならないほどの腕が背中から弁財天様目掛け飛んでいく。1000発の手刀が繰り出されるが、当たる直前に弁財天様は顎に手を当てフーッと息を吹きかけた。息は突風にかわり、やがては豪風となり美佐子は無惨に転がっていく。


「児戯じゃのぅ。まるで話にならん。」


『くそっ!くそっ!』


「美佐子!もうよせ!殺されるぞ!」


九頭龍が叫ぶ。九頭龍には分かっていた。


弁財天様がと言うこと。頭では無い、心で理解した。魂を破壊、すなわち、これまで積み上げてきた経験、転生、喜び、悲しみ、全て無に帰る。


人間のである。


「九頭龍。よく見ておけ。魔物の末路を。目を逸らすこと許さぬ。」


「ぎ、御意。」


自身の境遇とよく似た美佐子を止めたかった九頭龍だが、心を読まれたかのように言葉を掛けられた。こうなっては見守るしか他にない。


『もう少しなのよ!九頭龍!あんたの神!ズタズタに引き裂いてやる!』


「ば、馬鹿野郎が……!」


九頭龍は自身の神を侮辱されたよりも力の差を見せつけられても分からない、美紗子への怒りが勝っていた。

例えるなら、パチンコ店でもう千円いれたら当たりがくると息巻く客。それを横目で見る隣の客は何万円入れようが当たりなど来ないと悟っているのと同じだ。


『死ねぇ!弁財天!』


「馬鹿は死なねば治らぬか。」


飛びかかる美佐子の斜め方向から光が現れ、4本の弦が美佐子を串刺しにした。また光が現れ、次々に美佐子を串刺しにしていく。


美佐子の絶叫が響き渡る。


天網恢恢てんもうかいかい。これを切ることは出来ぬ。」


やはりこうなったかと九頭龍は嘆いた。弁財天様はいつの間にか琵琶を持っていて、転手を回した後、撥で弦を鳴らす。鳴らされた分、光から弦が飛び出し美佐子を突き刺し、血しぶきが舞う。


「天網恢恢疎にして漏らさず。そなたは死ぬ。」


『ぐっ!動けない……!なんなのよ!死ぬって何?幽霊は死なないんじゃないの!?』


「まだ分からぬか。先程も申したであろう?と。幽霊は魂であるから傷がつけばそなたとて。完全なる無になるのじゃ。』


「弁財天様!何卒!何卒!美佐子にご慈悲を!この者をお助け下さいませぬか!?」


『九頭龍……あんた……』


九頭龍は頭を地面に擦り付け、助命を嘆願するが、弁財天様は九頭龍に近づき屈んで鉄扇で口元を隠し、九頭龍に何かを告げ、それを聞いた九頭龍はがくりと肩を落とした。


「ならぬ。」とだけ言った。そしていつの間にか弓矢を構えている。


「天網恢恢で嬲り殺しでも良いが……この弓矢を知っているか?破魔矢はまやじゃ。神社の土産売り場で見た事はあろう?じゃが……本物の破魔矢の殺傷力は土産物とはわけが違うぞ?」


弓矢を引き絞り狙いを定める。


『やめて!そんなんでしたら死んじゃう!!お願い!殺さないで!』


「甘い。先程も申したが、神とは誰に祈られなくなっても、誰に奉られなくとも、誰に忘れ去られても、人々の為に祈らなくてはならない。そして!たとえこの身が滅んだとしても!そなたにその覚悟はあったか!?わらわにはあるぞ!それが神の使命じゃ!!」


破魔矢が光を帯びて飛んでいく。天網恢恢で身動きがとれない美佐子は避ける術など持ってはおらず、左腕が吹き飛んだ。絶叫が起こる。

そして右足、左足も吹き飛んだ。右手のみ解放された。


人知を超えた痛みに美佐子は思う。


なんでこんなことになった?ただ幸せに暮らしていただけじゃない。

小さい頃に理由なく父に暴力を振るわれ、母と妹で家を出た。慰謝料も踏み倒され家も貧乏だった。

高校ではいじめられっ子で靴や鞄にイタズラされた。それを庇ってくれたのが拓也だった。

高校を卒業して水商売をしながら高校生の妹を養った。美佐子の母は美佐子が24歳の時に癌で亡くなった。


拓也にプロポーズされてから、水商売はキッパリやめた。拓也の両親も喜んでくれた。苗字も田中に変わった。田中美佐子、どこにでも居そうな人だが、美佐子は普通の暮らしで満足だった。

妹はあまり目立つタイプではなく、口数も少ないほうだが、剛という彼氏が出来た。

やがて子供も出来て拓美と名付けた。来年から小学校に入るので、ランドセルを買いに来ていた。妹は彼氏と結婚する為に結婚指輪を選びにきた。まさに人生の絶頂期にが美佐子を燃やした。

美佐子を庇って拓也は丸焦げに美佐子は顔と半身が焼けただれた。

幽霊となったが、拓美と妹は見つからなかった。あの日のことはあまり覚えていない。


ただデパートは改装され、ヤマモトデンキになった。美佐子は道行く人に声をかけたがことごとく無視された。自分達の思い出が消え、そして自分達が無かった存在にされたようで悔しかった。


子供は何処へ?探しても探しても見つからない。なのに人々は、今日も何事もないように京都の街は賑わっている。

買い物をしている人、働いてる人、満たされない気持ちは憎悪になりヤマモトデンキに怪奇現象を起こす。


テレビに映り込む、冷蔵庫が勝手に動く、オーディオから声がする、棚から商品が落ちて従業員が怪我をする。美佐子の心は満たされていった。しかし、息子のいない寂しさだけは癒されることは無かった。


そして今、神罰を受ける。その身をもって。


涙を流しながら自身の無力さを噛み締め、残った右手で芋虫のように履いながら、弁財天様のほうへと向かっていく。泣き声、嗚咽とも取れるその姿は哀れでしかない。


だが弁財天様は眉1つ動かない。冷酷な顔で矢を放つ。しかし拓也がそれを庇って背中で受ける。


「ほう。」と弁財天様は一瞬、感心したような表情をしたが直ぐに矢尻を引いて三本同時に突き刺した。拓也も絶叫する。


容赦なく矢が突き刺さる中、剛も飛び込み矢を受ける。美佐子は拓也と剛の足元を縫っていくように這っていく。


『九頭龍……ごめんなさい。私達のこと忘れないで。私達が生きてたことを……。』


「忘れるわけ……ねぇだろ!!!俺が見届けてやる!」


九頭龍は叫んだ。心の底から。


「何もないなら、これで打ち止めじゃ。」


冷たく言い放つ弁財天様が弓矢を構え、矢を引き絞る。


からす なぜなくの

からすは山に

かわいい 7つの子があるからよ

かわい かわいと

からすはなくの

かわい かわいとなくんだよ


歌っているのは美佐子であった。涙を流しながら、我が子を寝かしつけたあの歌を歌っている。


歌っている美佐子に心を打たれたのか、佐野と小山も美佐子を応援する。


「もう少し……頑張れ!」


「美佐子さん!もう少しよ!頑張って!出来る!今のあなたなら弁財天様に……届く!」


芋虫のように這っていたとしても進むのをやめない。意志の力。


光り輝くそのシルエットに右手を伸ばす、シルエットは大きくなりやがて美佐子の手を取り、抱き寄せた。


「わらわは近づかぬとは言うておらぬからな。」


『わぁあああああああ!』


弁財天様の胸の中で子供のように泣きじゃくる美佐子。火傷は消え、手足も生えている。元の姿に戻っている。


「見事じゃ。」


ひとしきり泣いた美佐子が問う。


『え?髪も生えてる……腕も元通り?なんで?』


「破魔矢じゃ。魔を祓ってのじゃ。」

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