第6話 初めての顔 

 



「おはようございます!田沼さん!」


「……おはよう」




 今日も相変わらず愛想のない田沼さんの後ろ姿を見つめる。



 憎らしいくらい可愛い……。



 その時、田沼さんの足元に違和感を感じた。



 ……あれ?田沼さん、靴下左右違うの履いてる……?



 色合いは似てるし、目が悪いから間違っちゃったのかな……?

 だとしたら他の人が出勤してきて気づく前に教えてあげなきゃ!



 ……でもちょっと待って……

 敢えてのそうゆうオシャレとか、そもそもそうゆうデザインってこともなくないんじゃ?



 もしオシャレだとしたら「田沼さん、靴下の柄違いますよ!」なんて言ったら恥をかかせることになる。



 ……どうしよう……



 田沼さんの靴下を凝視して立ち尽くす。



「どうしたの?」



 斜め下を見つめる私の視線を追って自分の足元を見た田沼さんは、



「あっ……靴下……」



 と言ってゆっくりと私の方へ顔を上げた。



「間違えちゃった……」


 

 あの田沼さんが照れて笑った。

 私の脳内のレンガがガランガランに崩れ落ちる。



 可愛すぎるんですけど!!!



「……もしかして今、教えてくれようとしてた?」


「そ、そうなんですけど……もしかしたらそうゆうデザインの靴下なのかもって思ったら悩んじゃって……」



 私がそう言うと田沼さんは吹き出してさらに笑った。



「それはないでしょ!もしそうだとしたって、仕事の制服にそんな斬新な靴下合わせたりしないって」


「そ、そうですよね……!」



 恥ずかしさからか、田沼さんはいつになく饒舌じょうぜつだった。こんな田沼さんは初めてで、なんだか感動する。



「でもどうしよう……変えの靴下なんかないし、結局今日は一日このままでいるしか……」


「コンビニで売ってますよね!私、急いで買ってきます!」


「そんな!伊吹さんが行くことじゃないから」


「でも田沼さんがその靴下で靴下を買いに行ったら……」


「……そっか、靴下間違えたのバレバレで恥ずかしいかも……」


「だから私が!」


「大丈夫、ありがとう。コンビニの靴下高くてもったいないし、今日はなんとかバレないようにごまかす」


「どうごまかすんですか?」


「……こう丸めていったら柄、見えなくない?」



 田沼さんは靴下を上からくるくると巻いて下げていった。両足のくるぶしに靴下のドーナツが二個出来上がった。



「……田沼さん、それは……もっと変です」


「そうだよね!」



 田沼さんはドーナツ靴下のまま、手で口元を隠し上品に笑った。

 どうしたっ?!

 今日はなぜそんなに笑ってくれるの?!



 嬉しくてドキドキしながらその姿に釘付けになる。



「もういいや、もし気づかれたら気づかれたで仕方ない……」


「……いいんですか?」


「うん。でも、気づかれるまでは二人だけの秘密にしてくれる……?」



 田沼さんが手を合わせて私にお願いをした。胸がきゅんきゅんして仕方ない。



 あぁ……好き……田沼さん……



 心でそう思いながら「はい!」と元気よく返事をした。



 









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