番外編

バレンタイン特別SS

※こちらは2023年2月に近況ノートで公開された、『ノーリグレットチョイス』のバレンタイン番外編です。第一章読了時程度のネタバレが含まれます。



***



「はい、タイクウ、これどうぞ」

 ある日、いつものように、カフェ&バー『桜』で寛いでいたタイクウとヒダカ。店主である淡海桜おうみさくらが笑顔で差し出したのは、喫茶店のメニューがすっぽり入りそうな大きさの箱だった。薄桃色の包装紙にストライプ柄のリボンが結ばれ、一目見てプレゼントだと分かる。


「僕だけ? え、これ、何?」

 隣のヒダカを気にしつつも、タイクウはそれを受け取る。一瞬、自分の誕生日のことを考えるが、まだ一ヶ月ほど先だ。

 首をかしげるタイクウと、訝しげに眉を寄せるヒダカに、桜はいたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「バレンタインよ。バレンタインのチョコレート。この前、材料を仕入れてきてもらったでしょう?」

「そうだったね。そっか、今日がバレンタインデーなのかぁ」

 例によってここ、天空都市ではチョコレートなどが手に入りにくいためピンと来なかったのである。ここではすっかり鳴りを潜めてしまったイベントだが、桜が常連さんだけでも楽しんでもらえればと、張り切っていたことを思い出す。


「じゃあ、これチョコレートなんだ⁉ 僕がたくさん食べたいって言ったから、こんなに?」

「タイクウ、甘いもの好きだもんね。トリュフとか生チョコとかたくさん入ってるから、しっかり堪能してね」

「わ、すごい! ありがとう、桜さん!」

 ヒダカはそんなタイクウの様子を、戸惑ったような眼差しで見つめている。自分が貰えないことが不満なのだろうか。

 そんな彼にも、桜は笑顔で声をかける。


「ヒダカは甘いもの駄目でしょ? だから、夜にいらっしゃい。ビターなチョコレートリキュールでも作ってあげるから」

「あー、そこまでチョコにこだわんなくても良いんじゃねぇ?」

「何言ってんの、ヒダカ。イベントだよ、イベント!」

 ノリの悪い相棒の肩を叩き、タイクウは手の中のチョコレートを見て嬉しそうに微笑んだ。





 桜の店から藍銅鉱アズライトの事務所へと戻った後、タイクウは鼻歌を歌いながら事務椅子へと腰かけた。椅子に背中を預け、机に置いたチョコの箱の中身を幸せそうな笑顔で見つめる。成型された生チョコやトリュフチョコが、箱の中で綺麗に整列していた。その数、数十個。

 卓上に並んだウササギくんフィギュアも、どこか嬉しそうに見えてくるから不思議だ。


「チョコレートなんて久しぶりだよね。えーっと、どれから食べようかなー?」

「あー、なぁ、タイクウ」

 どうもヒダカの様子がおかしい。気まずそうに目を泳がせ、髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回している。どことなく覇気のない表情だ。


「あー……その。テメェ、チョコ食えんのか?」

「えー、どうしたのヒダカ? ヒダカと違って、僕は甘いもの大好きだし食べられるに決まってるじゃない!」

「いや、だから」

 そこで痺れを切らしたようで、ヒダカが吠えるように言った。

「今のテメェの食いモンがだって話だよ!」

 タイクウはそこでやっと気がついた。自分の今の体質に。


「……………………あ」

 今までチョコレートを食べる機会がなかったので、体質のことをすっかり忘れてしまっていたのだ。

 食べられる、のか。今の自分に、チョコレートが。

「と、溶かしてチョコソースにしてみる、とか……?」

「あ? 何にかけんだよ」

「き、機械?」

「…………あ?」

 スクラップのチョコソースがけ。

 想像したらしいヒダカが顔をひきつらせた。

「……正気か?」


「ごめん、忘れて! 流石にないよね! あああああー! こんなことなら、調子に乗ってたくさん頂戴なんて言うんじゃなかった⁉︎ どうしよう、このチョコレート」

 嘆きながら、タイクウは机の上に突っ伏した。とりあえず試しに食べてみるという手もあるが、今までの傾向からして、こう言ったものは吐いてしまう可能性の方が高い。

 それは、桜にもチョコレートにも申し訳ない。


「いっそ、観賞用ってことにしとく?」

「ああ⁉︎ 何言ってんだ、食いモンだぞ⁉︎ 無駄にしてたまるか! そんなんするくらいなら、意地でも俺が食う!」

「――そういうところ、やっぱりヒダカは育ちが良いんだなぁって僕思うよ」

「あ? 育ちは関係ねぇ。材料を調達したのはこっちだぞ」

 怒りの声を上げるヒダカを、タイクウはどこか微笑ましい気持ちで見守った。


「でも、結構甘めのチョコだし、ヒダカ食べられないんじゃない?」

「そこは、アレだ。料理に混ぜちまえば良いんだよ」

 相棒の言葉に、タイクウはポンと両手を打つ。

「ああ、なるほど! カレーの隠し味にチョコを入れるとかって聞いたことある」

「カレーなら、元の味が強えからイケんだろ!」

「そうと決まれば早速!」

 二人は夕飯のメニューをカレーにすることに決め、いそいそと作り始めた、のだが。


「……はい! できたよ。ヒダカ、試食してみて!」

「アホか⁉︎ 適当に割って鍋にぶち込んでんじゃねぇ! それじゃあ完全に溶けきれねぇだろうが⁉︎ ちょっとでも欠片が残っててみろ、口に入った瞬間俺が死ぬ!」

「えー大袈裟だなぁ。胃の中に収まっちゃえば皆おんなじなのに」

「テメェのその大雑把さが、後々テメェの後悔の原因になるってことをいい加減学習しろ」

 刻むか溶かしてから入れろ、との相棒からのアドバイスに、タイクウは渋々頷く。


 それからも試行錯誤は続いた。チョコレートの量が多く、ヒダカの好みに近づけるのが困難なのである。味見をしてはルーを足し、また味見をして。

 そしてようやく、その瞬間が訪れた。


「……イケる!」

「本当に? やったぁ! ついにできたー!」

 万歳、と両腕を勢いよく振り上げるタイクウ。ニヤリと犬歯を見せつけるように笑うヒダカ。

 藍銅鉱の事務所はどこもかしこもカレーの香りがして、正直いるだけでお腹がいっぱいになってくるのだが。それでも二人の心は、心地よい達成感で満たされていた。

 を目にするまでは。


「――ねぇヒダカ」

「――ああ?」

「昔いた学生寮のさ、学食みたいな量のカレーができちゃったんだけど。これ、ヒダカ一人で食べられる?」

「は?」

 ヒダカ好みの味にするため、調整に調整を重ねた結果が、ご覧の通りである。


「何かの役に立つかもって、こんな大きい鍋貰ってくるんじゃなかったね」

「いや、そこじゃねぇだろ、後悔するポイントは」

「やっぱり僕手伝おうか? こう、カレーがけスクラップとかにして」

「は?」

「え?」

 想像したのか、額を押さえたヒダカが、力なく項垂れて言った。

「俺が全部、食う……」

「頑張れ!」

 その瞬間、ヒダカの一週間分の献立が決定した。




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ノーリグレットチョイス 寺音 @j-s-0730

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