第13話 秋山旭のディザイア
ゴールデンウィークが明けた。
昼休み、夏元と冬野と当たり前に一緒に食べることになった。
「燿くん!」
僕の名前が呼ばれる。
「あ、うん」
夏元は机の上にお弁当箱を乗せた。
冬野が、じゃない。夏元が、だ。
つまりこれは……!
「夏元さんが、作ってきた……と言うことか?」
僕の推理は当たっていたのか、夏元は「そう! ボクが作ってきたの!」となんだか固い表情で言う。
「ご、ゴールデンウィークで練習だってしたから! 大丈夫なはず! そ、それに美月さん……師匠に習った通りだから!」
あの日の秘密ってのはそう言うことか。秘密の特訓というわけか。良い秘密だ。なんだか、こう……サプライズみたいで嬉しいな。
僕は緊張している夏元から弁当箱を受け取り、布を解き、そしてタッパーを開封する。
「……たまごやき。それとウインナーにブロッコリーと」
なるほど、実にシンプルだ。だがそれが良い。とても食欲をそそるじゃないか。僕は箸を持って「いただきます」と手を合わせてから、ブロッコリーを最初に口に運び入れる。
「良い茹で加減だね」
「…………」
夏元にすっごい食べてるところ凝視されてる。そんなに見られると、なんだか僕も緊張してくるな。よ、よし、次にウインナー。
「うん。パリッとしてて美味しい」
肉汁が口内で溢れる。いいウインナーだ。
「……っ」
そしてたまごやき。
これもまた。
「甘くておいしい。実に素晴らしいお弁当です!」
「ほ、ほんと……?」
「本当だよ。と言うか夏元さんが真剣に作ってくれたんだからおいしいに決まってる」
「やった。やったよ、師匠!」
師匠である冬野が「わたしも食べる」と言うと、夏元は新たにもう一つタッパーを取り出した。
「ははーっ、こちらに」
「うむうむ。それではいただこう。いただきます」
どこの殿様だ。
「こ、これは……!」
「おいしいでしょ、冬野さん」
「免許皆伝。わたしが陽毬に教えることはもうない」
冬野はしみじみと。
「……これ以上覚えられるとわたしのお弁当が超えられる」
危機感を覚えてたらしい。
夏元が想像以上の出来のお弁当を作ってきたからだと思う。
「まあまあ。冬野さんのお弁当には冬野さんのお弁当の良さがあるんだよ」
「ボクのは?」
「もちろん、夏元さんのお弁当にも」
どっちも良い。どっちがとかって話じゃないんだ。うん。
「また、作ろっかな……」
「来週はわたし……負けてられない」
なんだか冬野が燃えてる。
「燿、それで良い?」
僕は冬野と夏元のお弁当食べれるんだから望むところだ。
「良いよ。どんと来いだね」
僕は残っていたおかずを食べ、空になったタッパーを夏元に返す。
「────ごちそうさまでした。大変おいしかったです」
「ありがとう、燿くん。全部食べてくれて」
「当たり前だって。あんなにおいしいんだから」
残すなんてありえないって。夏元のお弁当も冬野のお弁当も残すヤツは僕が許さないぞ。僕は絶対残さないから、無罪確定だね。
「……昼休み、まだある。ね」
僕は教室の時計を見上げた。
昼は食べ終わったけど、まだ時間に余裕がある。ホールに行けば、まあ秋山がいるはず。
ゴールデンウィークに買った本は読み終わったし、僕の方は渡しに行っても問題なし。
「あ」
ホールは閑散としてて、人が一人。
「秋山さん、居た」
……けど。
「秋山さん……大丈夫?」
ホールにいる秋山はいつもより生気がない。パンは食べかけで、放心状態とでも言うのか。
「おーい、秋山さん?」
僕は彼女の目の前で右手を振ってみる。
「秋山さん、秋山さん」
「あっ、え。ど、どうしたの、平坂くん?」
あ、覚醒した。
「大丈夫? もしかして疲れてる?」
一目瞭然、聞くまでもない事のような気がする。
夏元は深く息を吐き出した。
「そうね。ゴールデンウィークはあの日以降は撮影でとても忙しかったから。昨日の深夜にようやく帰って来れたの」
「た、大変ですね」
「またしばらくは基本土日か放課後の、はず。一応、学園入ったら学業優先にさせて欲しいって、そう伝えてたんだけど……どうかしらね」
ああ、秋山の目が澱んでってる。
「それで平坂くん。何か用かしら?」
「あ、そうそう……はい、この前の小説。僕は読み終わったから」
「私、まだあの本読み終わってないわよ?」
「まあまあ。受け取ってよ」
「……分かったわ」
僕から秋山に本が移動する。
「しばらく借りる事になるわね」
「どうぞ」
読み終わった本を持ち続けるよりも、読みたいといった秋山が持ってる方が良いと思う。その方がすぐに読み始められるし。
「秋山さん。本はいつでも良いから」
「ありがとう」
「それと……頑張るのは良いけど、無理しすぎないようにね」
秋山は「……そうね」と呟いて。
「私、頑張ってるかしらね」
「頑張ってると思うよ、僕は」
「他にもっと頑張ってる人も居るのに? 私なんかじゃ及ばないくらい努力してる人がたくさん居るのに……?」
「……他の人の方が頑張ってるって言っても、それで秋山さんが頑張ってないなんて事にはならないって……僕は思うよ」
彼女は嬉しそうな顔をする。
「平坂くんには私、頑張ってるように思われてるのね」
「そうだよ、秋山さん」
なんだか、このやり取りは秋山からの確認のように思えた。
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