11話


 一行はギルドに到着して、討伐の依頼を探す。オリアナがいるため、全ての依頼が受注可能だ。


『フィストゴーレム×8の討伐』

『天井花×200の採取』

『袖巻トカゲ×3の捕獲』

『ステゴロザウルスの討伐』

『キャラバンの護衛(大規模)』


 …うん、見た目からやばいのがいくつかある……。しかし正直なところ、オリアナがいる時点で倒せない魔獣や人間はいないだろう。


「やっぱ皇都の依頼は生ぬるいね〜」


 依頼の数は他の街に比べ、確かに少ない。だが難易度は異常なまでに高い。

 

『フィストゴーレム』……一軒家サイズの金属の拳を持っており、反発魔法で飛ばしてくる。外見はずんぐりむっくりしていて、近づいたら簡単に倒せそうに見える。がそうはいかない。余りにも硬い体と、防御魔法のせいでほぼ剣や打撃系の武器が効かない。とすると倒すのに召喚魔法を使うのだが距離を取りすぎると、無限に復活する拳にやられる……クソ面倒臭い魔獣だ。


『天井花』…… 名前の通り標高の高い場所にしか生えない花だ。錬金の高級合成に腐るほど必要で、需要が高い。しかし訳ありだ。まずこいつは平地の高い魔力濃度に耐えきれないため魔力を希釈した瓶に詰めるか、四六時中魔力で囲んでおく必要がある。さらに……


「長い!もう充分わかったから黙って!」


 明らかに不機嫌なマーナが怒鳴ってくる。


「これでも端折ったくらいなのに……」


「姉貴がいるから成功するのは確実でしょー。なら聞く必要ないわ!」


「後学の為、学んでおくと言う気持ちはないのか?」


 2人してキーキー喚く。そんな光景を横目に懐かしそうにオリアナが眺める。


「ふふ、確かクリスは生物が好きだったわね」


「そうですね。錬金の資格か、魔法生物学の授業をとるか悩みましたから」


 懐かしいな……昔はよく図鑑とか見て『こんなの見てみたい!』とか『食べてみたい!』 なんて無邪気に考えていたものだ。いつの日か、外の憧れなど忘れてただ一日を浪費するだけの人間になってしまったからな…。


「ではこれにしようかしら…」


 そう言ってオリアナが引き剥がしたのは 『フェンドレイクの狩猟』だ。


「なにこれ?強いの?」


「まぁまぁやばいぞ…」


『フェンドレイク』……四足で地べたを這っている、トカゲみたいな魔獣だが、油断はできない。鋭い爪と牙に、硬い鱗…そしてなんと言っても特徴的なのがその俊敏さだ。直線の速さだけではなく横に対しても、物凄い速さで移動するため、瞬間移動したのかと勘違いするくらいだ。


「解説も終わったところだし、行きましょう!」


 そうして、でこぼこな彼らは依頼へと向かった。


──────────────────


 依頼場所は比較的近場にある。皇都専用の薪をとる森だ。そこに最近になって住み着かれたらしい。あのドレイク達をのさばらせて置くと最悪、人間4人分程の大きさまで成長されてしまうからな……早めのうちに間引かないと皇都にまで被害が出そうだ。

 歩いていると、オリアナとマーナの間に自然と会話が生まれる。


「そう言えばマーナちゃん。貴方はなんで旗なんか持っているの?」


 普段の明るい顔から考えられないほど、険しい表情をして語り始める。


「……この旗はシンボルなんだ……小人族の……自分の『家族の』……」


「でも……私に家族はいないんだ……だから!この旅で自分なりのシンボルを見つけるんだ!」


「素晴らしいわ〜!前向きに生きてるだけでも、きっと貴方は幸せになれるわよ!」


 意味深にもクリスに視線を向けるが、当の本人は知らぬ存ぜぬの顔で歩いている。


「はぁ〜頭の硬さも父親譲りとはねぇ〜」


 呆れた顔をしているオリアナに、すました顔で返す。


「なんですか師匠?」


「貴方が馬鹿だって事よ」


「へへっ、姉貴!もっと言っちゃってください!」


「なんだこいつ…」


─────────────────


 森に到着した。一見なんの変哲もない森だが、熟練者から見ればその異質さがまじまじと伝わってくる…。


「静かだ……」


 そう静か過ぎるのだ。普通の森なら鳥の囀る声、木の揺れる音、小さい獣が走る足音など聞こえてくるのが当たり前だ。しかし今は、謎の静けさに包まれている。不気味な雰囲気に少し足がすくむが、依頼で来てる以上はやり遂げなければ…そんな思いが足を進める。


「師匠。不気味ですねこの森」


「それもそうよ。この森は魔力を調整して人工的に木の成長を操作してるから、普通の森とは一風変わってるわよ〜」


『成程…』と頷くと同時に感心もするクリス。それもそのはずだ、これだけ大きな森を維持するには、相当数の魔法が使えるやつが必要だ…しかも熟練の魔法術士をだ。たかが薪のためだけに途方もない人員を割いてる事を考えると、皇国の大きさを肌身で実感する。


 一行は早速森の中に入り、例のやつを探し始める。

 依頼書には人間より一回り大きいのが、5~7体いると書かれていた。ならば半日で終わるだろうと踏んでいる……。

 とここでオリアナから提案が上がる。


「貴方の好きなようにしなさい〜。私は口や手を出さないわ」


 困惑が隠せないクリス。それもそうだ、オリアナがいる前提でこの依頼を受けたんだ、当人の度量では到底受けないような依頼のはずだったからだ……。


「て、手伝ってくれないのですか?」


 オドオドし始めるクリスに、オリアナは活をいれる。


「そんな事言ってるけどあなた、自分の全力を出したことあるの〜。分からないまま無理とか言ってるなら尚更、助力はしないわ〜」


『全力』……彼にとって全力など、反吐が出るほど嫌いな言葉だ。頑張れば頑張るほど不満が積もるのに、全力など出すはずがない……はずだった。

 最近は自分も全力を出さないと、周りが死んでしまうような出来事ばかりで、正直自分なりに全力は出していたと思っている。


 このことを彼女に告げると、何時もの笑みを浮かべて、言葉を返してくれた。


「他人に対する全力は出しやすいものよ。怠けると相手に責任が言ってしまうのだから、必然的に本気にならないと行けない……しかしねぇ、それが自分の事となったら話は別よ。我が身のことであるのなら簡単に逃げ道を作れてしまう…そうなると本当の貴方自身の力は、出せてないままよ」


 自分の剣は人の為に振るうものだと教えられ、そして実行してきた。私利私欲では決してこの剣を汚すのはあってはならないと心の奥底で、小さいながらも抱えている。


「なら自身の欲に身を任せるのですか?」


 晴れない顔でうつむく。


「それがどうしたの?欲のない人間なんて死体と変わんないわよ」


 ……それだと貴族の志は死体と同義になってしまうが……しかしこの言葉が今の彼にとってになったのは間違いなかった……。


「な〜あれじゃないか例のトカゲ〜」


 マーナが指さした方向を見ると、1匹の茶色い『フェンドレイク』がのしのし歩いていた。クリスは咄嗟に剣を抜き、獲物を正面に捉えて、構える。


「私は手出ししないわよ〜」


 その言葉にクリスは頷き、冷静に思考を重ねる。

 闇雲に飛びかかっても倒せる相手では無い。かと言って熟考していると、持ち前の速さで逃げられてしまう。良い案を探すため、周囲を確認する。


 (ふむ……)


 不自然な木の並びを確認して、ある方法を思いつく。

 クリスは静かに準備をした後、フェンドレイクの後ろに忍び寄り、盛大に斬りかかる。


「うらぁ!」


 キィィン!……金属同士がぶつかるような音をたて、クリスの剣は弾かれる。危険を察知したドレイクは飛んでもない速さで移動を始めた……はずだった。


「良し!かかったな!」


 クリスは既に木と木の間に、魔法で岩のトラップを作っていた。まんまとそのトラップを踏んだ獲物は、自身の勢いでそのまま岩の槍に串刺しになっていた。


「阿呆なのは助かるぜ!」


 まだ息のあるドレイクにトドメをさして、一息つく。


 (人工的に作られた森のおかげで、木の並び方が規則的だった……あんだけ速い奴でも、動きが読めれば簡単なものだ……)


 安堵しているのも束の間、マーナの叫び声が聞こえてくる。


「ギャー!動きキモイー!」


 ……嘘だと信じたかったが、どうやらは現実な様だ。後ろから3匹のフェンドレイクに追わているマーナ、頭の片隅に『見捨てる』という4文字が浮かんだが、流石に行動までには移さなかった。


 (流石にあの数……捌ききれない!……魔法も誤爆の危険がある!)


 頭の中に案は浮かんでなかったが、自然と体が動いて、マーナを庇おうとした。

 しかし、次の瞬間。目の前が光に包まれ、方向感覚が分からなくなった。瞳孔が最大限まで小さくなり、まぶたを半開きにさせながら、獲物を探す。


「危なかったねぇ〜」


 オリアナの優しい声だけが聞こえる。その声を頼りに方向感覚を取り戻す。20秒もしないうちに目が慣れてきて、今起こった現象を理解する。


「一瞬ですね…師匠」


 おそらくだが、光線魔法をオリアナが使ったのだろう。異常なまでの魔法の展開速度、毛穴に糸を通すような精密な操作に精度…やはり彼女が魔法の最高峰であることを一連の出来事が実感させてくる。そしてオリアナが攻撃した場所には、3匹のドレイクだけが丸焦げとなっていた。


「手出しは無いはずでは?」


 まだ目をぱちぱちさせているクリスが、不満そうに問いかける。


「だって〜、マーナちゃんが追われていたからね〜。助けない訳にはいかないよ」


「怖かったよ〜姉貴〜」


 白々しいマーナが、でっかい体に抱きついている。


「何見てるんだい、クリス君。まだ2匹くらい残っているんだから、さっさと殺ってきな!」


 なにか言いたそうにしてたクリスだが、それを抑えて森を彷徨う……。


────────────────────


「はぁ〜…やっっと終わった〜!」


 2匹の死骸の前でうなだれる。それもそのはずだ。最後の2匹はおそらく番だったらしく、連携を取りながらクリスを翻弄した。おかけで森中駆け巡る事となり、トラップ作戦も結局上手くいかなかった。最終的に魔法でジリジリげすりながら、剣でトドメを刺した。

 相当疲れたのか、死骸の上に腰掛けて、泥まみれになった手で、額の汗を拭う。まだ夜と言うには早い時間だが、そろそろ夕食を考え始める位には時が経っていた。

 薄暗くなった森の奥からゆらゆらと黒い布が見えてくる。


「……!師匠…明かりくらい灯してください。ビビりますよ……」


「残念〜。子供の時みたいに、泣き叫んでくれないかな〜なんて期待したんだけどな〜」


 クリスは疲れていて、反応する気にもならない。ただただ、シャワーを浴びて、ふかふかのベットに潜りたい…そんな気持ちに駆られていた。


「今……ベットで寝たいなんて考えていたでしょ〜」


「……」


「その気持ち……忘れない事ね……」


 疲れたクリスにとっては、たとえ師匠の言葉であっても聞く気にも、考える気にもならなかった……。


「クリス〜汚いな〜。ちゃんとシャワー入れよ〜」


「わかってるよ……」


 何故だかマーナの声がむしろ心を落ち着かせる。

 その安らぎのに届くのは、まだ遠い先のことだ……。

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