第2話
街を目指し始めてはや2時間ほどが経った。体力に自信のあるクリスだが普段とは違う雰囲気や昨日から一睡も寝れてないこともあり、疲れが見え始める。
「こんなんなら、寝とけばよかった……」
飛び出してきたせいで十分な量の水を持ってこなかった。喉の渇きがクリスを襲い、疲れがさらに増していく。
「クソ、こんな状況になったのもあの
騎士の訓練の時も付き添いの者が来て気を使ってくれていたが、今この険しい山を登ってるのは俺だけでその原因は父だ。皮肉な事にこの山を登る力と登らなくてはいけない状況は同一人物から与えられたものだ。この事にふと気付き怒りが再燃してくる。イライラし始め、順調だった足取りを止める。
周囲を確認する様にキョロキョロ見渡し、八つ当たりのように木を蹴る。
「クソ、クソ。俺はただ生まれてあの家で育ったてだけでなんでこんな思いに!」
少し力が入った蹴りを入れると、木がきしむ音をたてると同時に実を落とした。
「こりゃいい。神様だけは味方な様だ」
食用であることを確認してかぶりつく。
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さらに1時間が経った。川岸で苦しそうな顔をしたクリスが寝転んでいる。
(何でだよ、あの実腐っていたじゃねーか)
苦しそうに寝返り、流れる川を見つめる……
(近くに川があったならあんな実食ってねーよ)
不貞腐れた顔ともがき苦しむ顔が水面に反射して目に入る。
(へっ17の誕生日にこんな顔をする事になるなんてな……)
そう思い残し意識が遠のく……
うなされながらも重いまぶたを薄らと開ける。どうやらもう夕方の様だ。空が一面オレンジに染まっているのを確認して、上半身を起こす。
何とか残ってる気力を使い治癒魔法を唱え、食あたりを治す。
「悪運が強いのかなんなのか……」
とは言え一難去った所で状況が良くなったとは言い難い。
野宿の準備が出来てないにも関わらず、既に夜を迎えようとしていた。
(この山は領主直々に出向くほどの魔獣が沢山いる。結界と火を着けないと、あっという間に獣のエサだ。)
クリスは手馴れた手つきで結界の準備をする。魔法を唱え、周囲にマークをつけて五角形を作る。最後に結界の詠唱をして完成させる。
「こんなもんか」
と少し自慢げに呟き焚き火を起こす。
……食欲が湧かない。近くの街まであと半分はある。食わないとこの先の道のりに耐えられないと考え、麻袋から非常食である硬いパンを出して少し炙りかじりつく。
(不味い……)
非常食であるから何も味付けがなくただただ無味な硬いなにかである。無心となりながら長い咀嚼を続け、力強く飲み込む。ため息を吐き、焚火の揺らぐ炎をまじまじと見つめ、過去の思い出となった
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『元気な男の子です!』
クリスは長男として、トーランドの世継ぎとして生まれてきた。周りからもあのオーハムの第一子として過剰なまでの期待と願望の眼差しが向けられていた。小さい頃から勉学と武道をこれでもかと身につけられ、社交界に出れば約束された英雄などと讃えられていた……だが彼にとってはそれが苦痛でしかなかった。窮屈な生活に勝手な周りの期待、おまけに弟、妹ができてからは長男として我慢しなければ行けないことも沢山できた。忙しなく過ごす毎日に嫌気がさした頃彼は決めたのだ。周りの目など気にせず、自分のペースで生きていこうと……
それ以降クリスは毎日の鍛錬を怠り、舞踏会の場では愛想の悪い人間へと様変わりした。見栄ばかりを大事にしていた母からはめっぽう嫌われ、父からの心象も悪くなるばかりだった。唯一幼馴染の貴族 『マリス・ナスキアス』は彼を心配していた。クリスの急な変貌に、呪いでもかかったのではと考え親身になっていたが、15歳を超えた頃には彼すら呆れていた。
クリスにとってオーハムの息子と言う肩書きは重すぎたのだ。騎士の訓練が始まった13歳の頃では戦闘の才覚は見せたものの周囲の者にそれ以上の期待させる事はなかった……
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「……ん?寝落ちしてしまったのか……」
空が薄い青色に戻り初めて来ている。焚き火は既に燃え尽きており白い灰が動くたびに宙に舞う。結界の効果も弱くなり、耳を澄ますと川と小鳥がさえずる音が聞こえる。周囲の万物が朝の訪れを実感させると同時にクリスにとって人生最悪の誕生日を終えていたのであった。
「さてと。移動しますか」
昨日の失敗を踏まえ、沸騰させた水を水筒にこれでもかと入れる。人生初めての1人野宿の場を少し眺め再度あゆみ始める。まだ登り坂ではあるが頂上はすぐそこだ。背丈の低い木が見え始め、雲の切れ間からふと後ろを見ると領主の街とその館が小さく見えてくる。彼にとっては産まれの地であるが今になってはまるで牢獄の様に思えてくる。
「はは、滑稽だな!」
頂上に着き盛大に叫ぶ。追放されたにも関わらず今は人生最大の自由を感じている。
「良いね、世界は広い!何だってできそうだ!」
保護魔法を自身にかける。
「まずは……あの街だ!」
息を整え、下り坂を一気に駆け下りる。
風邪を切る音と共に駆け下りた場所の石ころも一緒にガラガラと音を立てて落ちていく。あともう少しで飛べそうなほど足を前へ前へと出し続けあっという間に背丈以上の森林が見え始める。そのままの速度を維持したままやぶの中に突っ込み、もみくちゃになる。
「ハハハハ、最高だ!」
少年に戻ったように無邪気に笑う。
こんなこと館にいた頃は危険過ぎで周りに止められるが、今は誰も止める者も見る者もいない。
(なんて最高なんだ!)
昨日までの怒りとは打って変わって自由感、幸福感に溢れる。クリスはこの先楽しい冒険が待っいるんだと考えると、うずうずして今にでも叫びたい気持ちにかられる。
「理解するまで敷居を跨ぐなとか言ってたけど、こっちから願い下げだわ」
口調がどんどん崩れていき、今になっては貴族の気品さを微塵も感じさせない素振りとなった。
その後は順調に森の中を抜け、開けた平原にでる。遠くには目指していた街の城壁ともんの前に並ぶ人たちが見えてくる。
(少し大回りするか……)
本来はこっちの森から人が出てくることなんてそうそうない。領主館の街にある街道を使い、山を避けて来るのが一般的だ。ただでさえ身分を証明出来るものが無いのに、森から来たとなれば盗賊か変人にしか思われないだろう。
少し時間をかけ、街道側の門に向かう。商いをするために街に入ろうとする人で賑わっている。他にも旅人、冒険家、鉱夫、などよりどりみどりだ。かくしてクリスも農耕の街『コップス』に入る……
コップスの街は酪農と農業が盛んだ。広大な草原を使い農耕、酪農を行い、街を発展させてきた。周囲が山々に囲まれていて立地や交通便が良くないが、山の中には鉱床もちらほら散見されるようになり、大変賑わっている。
そのせいかガラの悪い連中も集まり始め、街に入る為の列を割り込んだり、窃盗なども増えている。
「相変わらず街全体が臭いな」
家畜の匂い、土の匂い、鉄の匂い……様々な香りが街全体を覆い、強烈な匂いを放ってる。汚れた労働者達が大通りを行き交い、出店では色んな物が売られてる。仕事を探すのには困らないだろうが、貴族としての教育を受けて育ったクリスには選択肢などなかった。
「ギルドに行くしかなよなぁ」
……ギルド。腕っぷしに自信のある奴らが集まる仕事斡旋所みたいな所だ。個人や商会、国からの依頼などが集まり、主に害獣の討伐、護衛、戦争のかさ増し要員など多岐にわたる。
ギルドの変わった内容としては、ランキングがある。
ある程度任務をこなすと、ランク対象となり任務の達成ポイントごとに細かく順位付けがされる。ランキングは領地毎に分けられていて、国の総合ランキングに載るには領地内上位20位以内に入らなければならない……
ギルドの建物に向かう。大通り沿いに大きな建物が並んでおり、そのひとつがギルドだ。
早速中に入ると閑散としている受付と掲示板が目に入った。
(まだ午前中だからがらがらだ)
基本的にギルドに来るような奴らは、夜遅くまで飲んでることが多い。こんな朝早くからしっかり活動できる者などそもそもギルドにいない……
「すまない。ギルドの登録をしたいのだが……」
「登録ね、身分を証明できるものは?」
「無い。金ならある」
「なら、15の銀だよ」
15の銀……だいたい平民の2ヶ月分の給料……普通の人なら工面しないと到底払えない金額だ。しかしクリスは軽々しくそれを払う。
「金貨しかないがいいか?」
「まぁ……いいですけど、お釣りの銀が重くなるよ?」
「構わないさ」
クリスは知らない。貴族の感覚が抜けてないからだ。
硬貨の量が多くなれば必然的にジャラジャラと音をたてる……そうなると追い剥ぎや盗賊に奪ってくださいと言ってる様なものだ。
「名前はどうする?」
「クリスで」
「はいよ」
鉄製のプレートに魔法で刻印されている。今日からは貴族のクリスではなく、旅人として彼の冒険が始まる。
「おすすめの依頼はこれだよ」
3枚の依頼書が手元に渡される。
『家畜の大移動』
『農作業の手伝い』
『レザーマウスの狩り』
「他に……ないのか?狩りが得意なのだが……」
「あまり出しゃばらない方が良いよ。新米がでかい狩りをした所でマージンで殆どの物は取られるよ」
まだ横の繋がりがない新米は顔が効かない。ギルドの職員や解体業者など色々な人から舐められ、奪われる。そうならない為にはコツコツ仕事をこなすか、圧倒的な力を誇示しなくてはならない。
「わかった。マウスの狩りにする」
内容を理解し、依頼された森林伐採所に向かう。
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