第17話 見つけた side 縁

俺は、ずっと探し続けていた。大樹じゃない。大樹を見つけた後も、探しているものがある。



「ここにも、ない」



白い世界の中、もうどれだけ走っただろう。どれほど、探しただろう。



「一体、どこにあるんだ」



ふうーと、疲れた体を休めるために座る。すると、コトンという音とともに、見知った人物が隣に座っていた。



「こんにちは」

「……大樹くんか」

「はい、ご無沙汰しています」



ニコリと笑う海木――じゃなくて大樹くん。俺と同じ、全身真っ白な服を着ている。




「俺に怒って出て来たのか?」

「まさか。真乃花と再会させてくれた恩人を、俺は恨んだりしません」


「君は、この白い世界にいる間は、鶫下さんとの記憶があるのか?」

「はい、ちゃんと」


「そうか……」



ふう――と一息ついた俺に、大樹くんは尋ねる。



「真乃花とキスしましたね?」

「ぶッ!」

「俺の中から見てましたよ、ちゃんと」



そうか、例え俺が憑依していても、大樹くんは視えて記憶しているのか。海木が見た光景を、海木がした行動を。大樹くんはきちんと、覚えているんだな。



「怒っているか?」

「まあ少しだけ。怒りましたね」

「でも、あれは……」



鶫下さんにキスをした時、あの時、意識を持って行かれていたのは俺の方に思うが……。俺はてっきり、俺の中にいる大樹くんの意識がそうさせたと思っていたが……違うのか?大樹くんからしたら、俺がしたことになっているのか。まあ、そこは大人な俺が一歩引いてやるか。



「鶫下さんの事、好きか?」

「――好きですよ。俺はずっと。真乃花をあの家から救って、いずれ結婚するんです。それが俺の――二人の夢だと思っていますから」

「そうか」



メガネをカチャとかけ直す。この白い世界には、メガネがきちんと用意されているから嬉しい。



「でも、真乃花にはその気はないかもしれませんがね」

「……」


「あなたに心を持って行かれている」

「それは、違う」


「違わないでしょう。あなたも人が悪い」



大樹くんはニコニコと話をしているが、内心、はらわたが煮えくり返ってるんじゃないかと、そんな気がした。もっとも、ちっとも表情には出ていないが。さすが、あの家から鶫下を助けると豪語したあって、肝は座っているようだ。少しの気まずさから逃げようと、俺は話をすり替える。



「俺は、ある物を探している。それを、何としても見つけないといけないんだ」

「へえ、それは――コレですか?」



コトン



「へ?」



大樹くんにより、俺の手の中に置かれたそれは、一つの青い箱。手のひらに収まる、小さな「それ」。



「こ、れ……なんで大樹くんが持っている?」



不思議に思い尋ねると、大樹くんは困ったように笑った。



「これがあると、フェアじゃないじゃないですか」

「そんなことない」



即、否定した。



「大樹くんは、この箱の中に何が入っているか、知っているのか?」

「はい、知っています。それは俺の抜け落ちた記憶。それと真乃花が幼いころ、俺と過ごした時の記憶です」

「……そうだ」



青い箱には、リボンがかかっている。その小ささと相まって、まるで中に指輪が入っているように思える。


だけど、違う。

これは、記憶だ。

大樹と真乃花の、二人の大事な記憶だ。



「ずっと不思議だったんだ。鶫下さんがずっと忘れないでいる約束を結んだ相手――その相手との記憶が出てこない事に」

「やっぱり忘れていますよね?」

「忘れている。幼少期にずっと一緒だった割には、全くと言っていいほど思い出がない。そして――思い出せないから、大樹くんへの感情も薄い」



大樹くんは全て分かっていて覚悟していたのか、薄く笑っただけだった。



「真乃花は大変でしたから。小さいころから母親にいびられ、妹に騙され……。ショックで記憶が抜け落ちていても、何の不思議もありません」



「だけどな」俺は遮る。



「この記憶が戻れば、きっと鶫下さんは大樹くんへの気持ちを思い出す。好きだという気持ちに気づける。君も、リアルの世界で鶫下さんのことを思い出せる。鶫下さんをあの家から救うことが出来る。だから大樹くん――この蓋を、開けるんだ」

「……いいんですか?」



大樹くんは、俺が持っていた箱を受け取る。だけど、リボンはほどかない。むしろ、躊躇っていて……一向に開ける気がない様子だ。



「いいんですか?俺がこのリボンを解いたら、真乃花はきっと、俺を選びますよ。

そうしたら、あなたは消えてしまう」

「……そうだな」

「俺は、あなたが少しでも真乃花に気があると、そう思っていました。だからあんなことを言ったんでしょう?真乃花の事を鈍いなんて……」



――私がセンセーを選んだら、センセーは憑依をやめれないんだろ?

――私と一緒にいるよりも、早く成仏したいんじゃねーのかよ?

――あなたも自分の鈍さに少しは気づいても良いと思いますよ



「今、大樹くんの事を少し厄介だと思ってしまったぞ」

「何とでも言ってください。これは男同士の、真剣な話です」

「……ふッ」



俺が笑うと、大樹くんは「そうやって大人ぶる」と怒った。だけど、大人ぶらせてくれよ。今だけは、頼む。




「あなたは真乃花にひかれているからこそ、幽霊にまでなって真乃花の事を守った。妹の穂乃花に、自分の体が倒れるまで幽霊の力を使って牽制したのも、俺の生き霊を呼び寄せるために、調子が悪くなるまで力を使ったのも、全部ぜんぶ、真乃花の事が好きだからでしょう?」

「……」

「ねえ、先生?」



真剣な顔の大樹くん。

だけど俺は、首を横に振った。



「それは大樹くんの勘違いだ。鶫下は俺の大事な生徒だ。生徒のためなら、教師はどんな事だって、してやりたいもんなんだよ」

「でも、そうしたら……あなたは消えてしまう。真乃花はあなたではなく俺を選んで、あなたはいなくなってしまう!」

「……そうだな」



そうだ。

その通りだ。

だけどな、いいんだよ。


「ふ」と笑みが零れる。



「年上に何の気を遣ってんだ。それでいいに決まってるだろ。俺は消えていいんだよ。理由は簡単だ。大樹くんは生きていて、俺は死んでいる。ただ、それだけの事だ」

「!」


「難しく考えるな。俺と鶫下さんは、ただの教師と生徒だ。それ以上でも、それ以下でもない。だから開けろ。後悔はない。そして――これまでの非礼を謝る。勝手に憑りついたりして悪かった。後は、大樹くんが鶫下さんを守っていくんだ」

「……はい」



大樹くんは、泣きそうな顔をしながらも、しっかりと頷いた。そして、リボンに手を掛ける。


だけど――



「最後に、俺からもいいですか?」



彼の真剣な目に、俺は頷く。



「なんだ」

「真乃花を今まで守ってくれて、ありがとうございました。俺は記憶を失ってずっと失踪していて……情けないです」



小さくなった彼の肩を、ポンと叩く。



「生きているだけで奇跡なんだよ。大樹くんは鶫下さんとの約束を果たすために生きていた。それは充分、立派なことだ」

「……はい」



もう一度頷いた時、大樹くんの目から、今度こそ涙が落ちる。俺のために泣いてくれてるのか?体を乗っとられていた相手なのに、優しすぎるだろ。


優しくて、強い――鶫下さんを守るには、充分な器を持った奴だ。



「最後に……俺からも一ついいか?」

「はい、何でも聞きます」

「なんでもか、じゃあ――鶫下さんは俺の大事な生徒だ。これからのあの子を君に託す。頼んだぞ、大樹くん」



大樹くんの肩に、力強く、勢いよく手を乗せる。すると瞬間、大樹くんの体がブルッと震えた。それはまるで武者震い――鶫下さんを全力で守るという闘志が、彼から溢れているようだった。



「約束は必ず守ります」

「ありがとう。じゃ、よろしくな」

「はい。では、いきます――」



そして、大樹くんはリボンを持つ手に力を籠める。目で俺に合図を送り、そして俺もコクンと頷く。その時――



「センセー!」

「!」



少しだけ聞こえた気がした、鶫下さんの声。それは大樹くんも同じで……。



「今、真乃花の声が……」

「俺は――何も聞こえなかった」


「でも……」

「箱を開けることは俺の望みだ。俺は、そうしてほしい。最後の願いだ。頼む」



頭を下げる。すると大樹くんの体に、再び力が入った。



「……そうですよね、すみません。もう迷いません。解きます」

「あぁ」



そして、リボンは、


シュル――


音を立てて、下に落ちていった。すると箱の蓋は自然に開いて、眩しく光る。閃光が、瞬く間に辺り一面を呑み込んだ。



「――ッ」



俺も大樹くんも、咄嗟のことで目を開けられない。硬く、ギュっと、この目を閉じた。だけど少しだけ、閉じた目の隙間から見えた気がした。



「鶫下さん……?」



閃光が目の錯覚をよんで、すぐ隣に鶫下さんがいるように見えた。これは幻覚だ。鶫下さんはいない。この白い世界に、彼女はいない。



「(だけど)」



彼女がそこにいないと分かっていながらも、俺は姿が見える方へ体を向ける。


そして――



「ありがとう、真乃花」



それだけ伝えて、俺はまた、目を閉じた。




縁 side end

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2024年11月24日 21:00
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私が恋した人は、半透明の先生でした またり鈴春 @matari39

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