第15話 センセーに嫉妬

センセーが姿を見せない。私にいかがわしい事をした、あの日から。自室から声をかけても「まだ寝る」と返事が来るだけ。どうしちゃったんだよ、センセー。



「(それに、どうしちゃったんだよ。私も……)」



あの日から、私は色々考えている。



――すみません、今のはほんのからかったつもりで触りました

――本気で嫌だったのなら謝ります



「本気で嫌……だったのか……?」



自問自答。この答えが出なくて、見つからなくて……。いや、見つからないふりをしているのか……。



「単純なことじゃないんだよな……」



センセーに身を落としたい気持ちがありながら、やっぱり大樹を忘れられない自分がいる。大樹が生きていると聞いた時に、これまでにない幸福感が私を襲った。そう、私はやっぱり、大樹にも惹かれている。



「ん?”にも”?

”にも”って何だ?」



大樹に恋心はないと思っているのか、あるのか。センセーへの想いは、恋なのか。



「分からない事だらけだ……」



自分がここまで恋愛初心者だとは思わなかった。どっちが好きなんて、きっと赤ちゃんだって答えることは出来る。指さしで。「あっ」っていう、その一言で。でも、私はそれが出来ない。何かを決めるのって、年を重ねるごとに難しくなっている気がする。



「はあ、こういう時は勉強に集中!」



だけど、課題を解くために動いていた私の手が止まる。



「あ、これ……穂乃花に辞書を貸しちゃったけど、その辞書がないと出来ないじゃん」



現在、夜の自室。まだ20時。穂乃花もきっと起きていると確信して、移動をする。


コンコン



「穂乃花、あのね、辞書を、」



穂乃花の部屋をノックする。すると、私の声を聞いた穂乃花が中で「ひィっ」と声を上げて、どすどすと、すごい足音で近寄ってきた。


ガチャ



「ハイこれ、ありがとう!じゃあ!」



バタン


嵐の勢いで辞書を返された……。

しかも「ありがとう」って……。



「そう言えば、なんか最近、静かなんだよな」



思い返せば、センセーとホテルに行ったあたりから、穂乃花の様子がおかしくなった気がする。急にいい子になったっていうか……少し私に怯えているっていうか。



「まさかセンセー……何かした?」



何かっていうか……ナ二?



「いやいや、だから、そういう考えがいけないんだって」



私は「ふうー」と深呼吸をして、自室に戻る。その際、センセーの部屋の前を通ったけど……


しーん


何も音はしなかった。



「(センセー。大丈夫かな)」



ホテル事件から、三日目。その間、センセーと一度も顔を合わせていない。だからか、最近変な夢を見る。縁センセーの夢だ。センセーは真っ白の世界の中、必死に何かを探し回っている。



――ない、ここにも



私は、妙に焦っているセンセーを遠目から見ている。見ているだけ。だって「何探してんの?」と何度も声をかけたけど、センセーは全く振り向かない。私に気づかない……というか、見えていない。きっと、私だけがセンセーを見ることが出来ている。何かを必死に探すセンセーを見守る――そんな変な夢。



「変な夢……ただの夢……だよな?」



今度会ったら、センセーに聞いてみようか?何か探してる?って。



「いや、鼻で笑われるのがオチかな」



この前もおこちゃま扱いされたし。



「辞書も返してもらったし、ついでに課題をやって、とっとと寝よう」



そうして意気込んで、辞書を開く。だけど、さっきまで夢の話をしていたせいか、私はウトウトしてしまい……



「グー……」



まだ課題を解き終わらないうちに、グッスリと寝てしまったのだった。そして、やっぱり見る。あの夢を。



――ない、どこにあるんだ



「(センセー、今日も探してるな)」



真っ白な世界の中、ただポツンと立っているセンセー。そのセンセーの姿は、生前のスーツ姿のセンセーで……海木に憑依してから見ることのなかった姿だ。



「(わけわかんねー夢だけど、このセンセーの姿が見れるのは、悪くねーよな)」



いつものように、遠目からセンセーを見守る。だけど、その時。



――海木くん、何探してるの?



「(え、穂乃花!?)」



急に現れたのは、白いワンピースを着た穂乃花だった。私が何度読んでも気づかなかったセンセーは、その穂乃花の一言でパッと顔色を変える。そして、弾かれたような勢いの良さで、穂乃花の方を見た。穂乃花はと言うと「おーい」と呑気に手を振っている。

そんな彼女を見たセンセーは――



――やっと、見つけた……っ!



一言、喉の奥から振り絞ったような声を出すと、ダッと穂乃花に向かって駆け寄った。そして、



――穂乃花さん、愛しています



溶けるような笑顔で愛の言葉を囁きながら、穂乃花を優しく抱きしめた。そんなセンセーの背中に、穂乃花も、笑って手を回す。二人は、とても幸せそうだった。そして、そんな幸せそうな二人を見た私は、



「……っ」



一人静かに、泣いて泣いて……涙でぼやけた視界でセンセーを見ていた。そこで暗転し、そして、脳が覚醒する。



「ハッ!」



ガバッと起きる。今何時だ?時計を確認すると、20時30分を指している。そう長くは寝ていない……が、すげー夢見心地の悪さだ。



「センセーが、穂乃花を……」



汗と涙でグッチャグッチャになっている自分の顔を、手のひらで拭う。



「きったねーな……」



でも、拭いながら違和感を覚える。



「なんで私、マジで泣いてんだよ……?」



だって、おかしいだろ。なんでセンセーが穂乃花の事を抱きしめただけで、愛してるって言っただけで、今まで見たことのない顔で笑ってるからって、



「何も泣くことはないだろ……?」



それとも、何かよ……?



「センセーが穂乃花の事を好きでショックだった……とか?」



言葉にした瞬間、胸のあたりがギュッと苦しくなる。痛くて、刻まれたような感覚に落ちる。



「いや……ウソだろ……違う。違う違う。そんな大本命じゃない、違う」



立ち上がって、窓の外を見る。そこに写る自分の顔は、まだ涙で濡れていた。



「違う、だって、私は……」



大樹――大樹がいる。私には、大樹と結婚する約束があるんだ。



「それに、大樹は生きてるって……この前センセーから聞いたばかりだろ」



無事が分かっているのに、今更、大樹じゃなくてセンセーを選ぶのかよ。



「サイテーだろ、私……っ」



拭ったはずの涙が、止まらない。私の頬を流れて、落ちる。落ちては、また流れて――何度も繰り返しているうちに、服は涙でぐっしょりと濡れてしまった。



「くそ、情けねーなぁ……」



なんで私、センセーにときめいちゃったかなぁ。いくら恋愛初心者と言えど、縁センセーなんて絶対に無理だってのに。



「あぁもう、最悪だ……」



私、今、自分の心がバラバラだ。頭では大樹を欲して、その実、センセーにこんなにも惹かれている。



「もしも今、大樹と会ったら……私はどんな反応をするんだろうな……」



なあ大樹、早く私を探してくれよ。私も、大樹を探すから。そうして無事に会えたら、その時は――



「私を思い切り、殴ってくれよな……頼むよ大樹」



目を伏せる。大粒の涙が、また零れた。


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