2
それから三日間、ヨハンはエマの世話になった。
トイレに行く以外はずっと部屋で寝ていた。
エマは一日に数回様子を見にきた。服やタオルを交換してくれたり、ヨハンの体調が回復するのに合わせて、りんごをすりおろしたものや、具を嚙む必要が無いくらいまで柔らかく煮込んだ温かいスープを持ってきてくれた。
誰かに、それも初めて会った人にこんなに優しくされたことはなくて、熱にうなされている間もヨハンの中には困惑と申し訳なさが入り混じっていた。申し訳ないという感情が自分の中にあったのかと自分でも驚いた。
三日経って熱が下がり、咳もマシになってきたがまだ本調子ではなかった。体は怠く、喉はうるおって腹も満たされているのにどうしようもない飢餓感に襲われた。
その原因は自分で分かっていた。
「どうしたの?」
俯いているとエマが覗き込んできた。
「なんでもない」
突き放すような語気にエマは一瞬ムッとしたが、
「もしかして、血、飲んでないの?」
思わない一言にヨハンは目を丸くした。
「どうして分かったんだよ」
「お医者さんがヨハンはダンピールだって言ったの。体調が悪いのも長い間血を飲んでいないからでしょ?」
その通りだった。
ヨハンは吸血鬼と人間の混血、ダンピールだ。見た目は人間と同じだが、吸血鬼ほどではないにしろ血を飲む必要があった。
黙っていると、エマは部屋を出ていった。少しして戻ってきた彼女の手には赤い液体が入ったグラスが握られていた。そこから漂う鉄に似たにおいは、紛れもない血のものだ。
「いらない」
「どうして。これは人工血液で、人や動物のものじゃないわ」
人口血液は名前の通り人工的に作られた血液で、味も成分も生物の血と変わらないため今の吸血鬼やダンピールたちはそれを飲んでいる。
誰かを傷付けて得たものではないし、自分の体には必要と分かっているが、
「……血は、嫌いだ」
ヨハンは血を飲むという行為そのものが嫌いだった。
吸血鬼が……自分と人間の母親を捨てた、名前も顔も知らない吸血鬼の父親がこの手で殺したいくらい大嫌いで、そんな父親と同じことをしなければいけないと思うと腹が立った。
でも同時に、目の前にある血が飲みたくて飲みたくて堪らない。抑えられない欲求が湧く自分にも腹が立った。
グラスから目を逸らすが、イライラして飢餓感は増すばかり。
これを飲んだら、次倒れるまでは飲まない……!
嫌いと口では言ったものの、耐え切れなくなったヨハンはグラスを奪うようにエマの手から取ると一気に中身を飲み干した。
美味い。
美味いし、飢餓感が薄れていくのが分かる。
そんなヨハンをエマは優しく見守っていた。
空になったグラスを手の中で弄ぶ。
「あんた、素性を知らない俺なんかよく助けたよな」
エマは目をパチパチさせた。
「困っている人を助けるのは当然でしょ。家の前に倒れている人を見て見ぬ振りなんてできない」
エマの混じり気のない笑顔とその言葉に羨ましさを覚えた。自分が今まで生きてきた世界では、そんなお人好しは利用されるだけだったから。
「……そう。ここには、あんた一人?」
「ううん。もう一人いて、一階で一緒に喫茶店をしてるの。体がよくなったら来て」
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