第10話 色のついた日々
白石さんがうちに遊びに来たのはそれから10日後の土曜日のことだった。
前の約束と同じ時間、午後の1時に家のインターホンが鳴ったので母さんに俺が出るよと言ってインターホンモニターを覗くと、うっすらと緊張感を顔に張り付けた彼女が立っていた。
白に黄色とピンクがアクセントのバイカラーTシャツにベルト付きのハイウエストジーンズを着こなした彼女は、カフェの時のフェミニンな印象とは異なり、スタイリッシュな魅力を持っていた。
ちなみに母さんには友達が遊びに来る、としか伝えていないのでまさかクラスメイトの女の子が訪ねてくるなんて想像すらしていないだろう。
中に入ってと彼女には伝えておき、俺は母さんの方を呼びに行った。
「母さん、友達が来たから挨拶だけして」
「ああそうね、分かった今行くわ」
そうして連れられるがままに玄関に案内された母さんは白石さんを目にした瞬間に硬直した。理解が追い付かないのだろう、俺の方と彼女の方を交互に見てどこぞの猫の動画素材のように口をパクパク動かして何かを言っている。
一方で白石さんは先ほどの緊張感は消え去っており、愛想の良さそうな笑顔に切り替わっていた。その表情は学校で彼女が見せる笑顔と同じものだ。
「こんにちは、大宮君のお母さま。大宮くんのクラスメイトの白石怜奈といいます。
最近大宮君と趣味で知りあって友達になりました。どうぞよろしくお願いします」
母さんの方もそれを聞きつつ状況把握ができたようで、落ち着いた様子で応じる。
「あら、そうだったのね。ごめんなさい一瞬勘違いしちゃってたみたいでね、ふふ」
「そう思われるのも無理はありません、今日はその趣味の話をゆっくりするために来たんです」
「なるほどね、祐太に新しいお友達ができてよかったわ、どうぞゆっくりして行ってね」
「はい、ありがとうございます」
ふう……勘違いされなくてよかった……。何とか挨拶は上手くいったので俺はひとまず安堵のため息を漏らす。母さんには彼女の礼儀正しさもあって好印象だったようで、上機嫌でリビングに戻っていった。
「ありがとう、白石さんのおかげで何とか誤解されずにすんだよ」
「それほどでも、簡単なことですよ。何より挨拶をすることは常識ですし」
話をしながら彼女はスニーカーを脱いで手前に合った靴の隣に丁寧に並べる。わざわざそこまで丁寧にしなくてもいいのだが、そんなところもまた彼女らしい。
「そういえば今日はポニーテールなんだね」
いつもハーフアップにしていた髪型は、今日は一本の束にまとめられてすっきりした印象になっていて、彼女の今日の服装にはぴったりと言える。
「思ったよりも暑かったのでこっちの方がいいかなと。どうですか? 違和感ないですか?」
「全然ない、よく似合ってるよ」
「……」
先ほどまではすぐに帰ってきていた返事が止まったので目を向けると、彼女はほのかに頬を赤く染めてうつむいていた。その様子はシンデレラと言うよりは白雪姫と言った方が正しいだろう。
「どうかした?」
「そのありがたいのですが……私、あまり褒められ慣れていなくて……」
おずおずと絞り出す彼女の人間らしい様子を見てほんの少しだけかわいいと思い、からかってみることにする。
「今回のもいいと思うけど、俺は前回のカフェの時の方もよかったと思うよ」
「あまりからかっているようですと私も怒りますからね……」
さらに赤くなった彼女がジト目で訴えかけてきたのでここらでやめておこう。
リビングへ上がった彼女をそのまま案内しようとすると母さんに呼び止められた。
「はいこれ」
「ん、ありがとう」
渡されたのはトレイに乗ったお菓子とジュース。グミやチョコ、クッキーにスナックなど、個包装されたものがいくつかまとまって入っていた。まあ何にせよこうしてお菓子を出してくれるのはありがたい。
ちなみになのだが今日は父さんと奏は病院の午後の診察に行くために2人で出かけているので、リビングには母さんしかいなかった。まあこっちとしてはその方が話がややこしくならない分だいぶ助かったのだが。
母さんよりは説得するのに手間はかからないだろうが、相手をする白石さんのことを考えるとその負担は少ない方がいいだろう。
渡されたトレイをもって俺たちは2階の俺の部屋へと向かう。途中階段に躓きそうになったものの、白石さんのナイスカバーのおかげでぎりぎり踏みとどまり命拾いをした。
「ここが俺の部屋ね、どうぞごゆっくり楽しんでくれ」
「お邪魔します」
部屋に入ると、最初に目に入るのは巨大な2つの本棚。中にはラノベがぎっしりと読む用、保存用、布教用に分けて敷き詰められている。その中で1か所だけぽつんと隙間が空いているのはこの前彼女に渡した本の分だ。
「圧巻ですね、この光景は……」
あまりの本の量に白石さんも興味深そうに棚の上の方まで見上げている。いつもとは違い、小さい子供のように目を輝かせている様子からして喜んでもらえているのには間違いない。
「何年もかけて地道に買い集めていたらこうなっちゃったんだよ。冊数を減らそうにも減らせなくて、ちょっと困ってるんだ」
「だから私に譲ってくださったのですね」
「それもある」
「触ってもいいですか」
「もちろん、そのためにうちへ来たんだろ」
ほぼ隙間のない規律正しく並んだ本の壁、その一冊一冊の背表紙を彼女は愛おしそうに人差し指の先でなぞる。やがてその中から一冊を取り出して俺の前に差し出した。
「これって前に譲ってくださった作品の次巻ですよね、読んでもいいでしょうか?」
「好きなだけ楽しんでくれ」
彼女をいつも俺が本を読むときに腰掛ける椅子に案内して俺はベッドの方に座る。
「それにしても大宮君は部屋をかなり清潔にしていらっしゃるのですね」
6畳ほどの広さの俺の部屋にはごみの類は一切落ちていない。衣類などもクローゼットの中にすべて収め、雑貨類もラノベとはまた別の、ラック式の棚にまとめられている。おまけに芳香剤も置いてあるので、部屋にはかすかに柑橘系のにおいが漂っている。
「汚れているところで読書したりするのが苦手なんだ、潔癖と言われたらそこまでだけども」
「私は素敵だと思いますよ。ここまでお部屋をきれいに保てるのは」
「そう言ってもらえてよかった。匂いは柑橘系だけど大丈夫?」
「はい、私にとっては嗅ぎなれた匂いですので」
「そうなの?」
「父がよくこのタイプの匂いの香水を使っているんです。ですからこの匂いには慣れているんです」
「そっかそれならいいんだけど」
俺は立ち上がって棚から読み返したい本を1冊見繕いベッドの方に戻る。白石さんの方はすでに本の世界に入り込んでいるようで、文字を追う瞳が小刻みに揺れ動いている。
小説の感想を語り合うのは読み終わった直後が一番適している。物語の中で練り上げられた感想を読み終わってすぐに共有する、読書をする者にとってはこれ以上幸せなことはないだろう。
それにしても、このあと彼女の感想を聞くのが楽しみだ。なんてことを考えながら、俺も手元の文字の世界に浸るのだった。
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