第22話【エミリー様のエスコート】

 女の子といえば、甘いもの。単純な発想だが、エミリーに尋ねたら「嫌いじゃない」との事なので、リタはゲーム内で定番のデートスポットと化している店に彼女を案内した。

 入り口に綺麗に並べられた鉢植えに見惚れつつ、水色を基調とした可愛らしい外観の店に入り、二人揃って好きなケーキセットを注文する。


「……」


 店員さんが去っていった後、やたら落ち着かない様子で店内を見回すエミリー。


「こういう場所にはあまり来ませんか?」

「……そうですね。お城に住んでいた頃は、町に来ることもあまりなかったので」

「私もあまり友達が多い方じゃないので、家族以外とこういう所に来るのは初めてで、ちょっとソワソワしちゃいます」


 本来ならばアイリと初めてを経験したかったところだけど、場合が場合だから仕方ない。


「そうですか。……ところで、お兄様との仲はどうなんですか?」

「……その話題はやめませんか?」

「私とあなたに、他に共通の話題があるんですか?」


 学校のこととかあると思うのだが、リタはエミリーがクラスメイトであることに気付いていなかった無礼者。それを掘り返されるよりも、ラミオの話題の方がまだマシかもしれない。


「どうですかと言われても……特に進展はないし、する予定もないです」

「予定もないって……あなたは一体お兄様のどこが不満なんですか!? あんなに素敵な方、そうそういませんよ!」

「不満……」


 いざ考えてみると、不満はない。

 リタはホリエンが大好きだし、登場人物もみんな大好きだ。もちろんその中にはラミオも含まれている。ナルシストで面倒くさいところはあれど、それを補って余りあるほどの魅力があることも分かっている。


「不満は特にないです……けど、私にはもっと大事な人がいるので」

「……つまり、他に好きな方がいるということですか?」

「好きというか、愛でたいって感じです」

「違いがよく分からないのですが……」


 この流れで好きだと認めてしまうと、アイリのことをそういう目で見てるみたいになってしまう。リタとアイリはあくまでも友達、変な誤解を受けるのは困る。


「恋愛的な好意じゃないけど大好きで、その子を幸せにすることが今の私の生きがいなんです。そのことで精一杯なので、ラミオ様に限らず、特定の誰かとお付き合いする気はありません」


 言い終えてからお冷を飲みつ冷静に考えてみると、十三歳で真剣に色恋の話というのは、前世ではあまり考えられない体験だ。

 十三歳といえば、マセている子以外は友達との遊びや自分の好きなことに夢中で、恋愛なんて考えもしない時期――少なくとも前世のリタはそうだった。

 ただ、日本よりも結婚の平均年齢が低めなこの世界的には、自然なことなのかもしれない。


「……その大事な方というのがどういう方なのかは存じ上げませんが、お兄様を拒絶するなんて、いつか後悔しますよ」


 エミリーがそっぽを向いてそう言った時、先ほどと同じ店員がケーキセットを運んできてくれた。花柄のお洒落な皿の上に、それぞれが選んだケーキが乗せられている。


「わぁー、美味しそう!」

「げっ」


 食べ物を見て「げっ」と言う人は珍しい。

 何か気に入らないことでもあったのだろうかとエミリーの方を見ると、彼女の視線はリタの手元——ケーキの隣に置かたれたコーヒーに注がれていた。


「あなた……生意気にもコーヒーなんて飲むんですか?」

「生意気にもって」


 大袈裟に感じたが、よく考えれば自分がこの年齢の頃はコーヒー牛乳が限界で、ミルクや砂糖をたくさん入れても、コーヒーなんて苦くて飲めなかったかもしれない。


「意外とこの苦味がくせになるんですよ。エミリー様も大人になったら分かると思います」

「同い年の癖に何をおとなぶった事を……そもそも私だって、飲めと言われれば飲めます。ただ好まないだけですから」


 不機嫌な顔でぶつぶつ言いながら、アイスティーをストローでかき混ぜるエミリー。その後一口飲んで、満足そうな表情に変わったので、彼女は紅茶が好きなのかもしれない。


「では早速、いただきます」

「……イタダキマス?」

「あ、癖口みたいなものなので気にしないで下さい」


 この言葉は前世でしか通用しないと分かっているはずなのに、つい言ってしまう。習慣というのは一度死んでもなおらないんだなと、しみじみ感じつつ、チョコレートケーキを一口。途端に口の中に広がる上品な甘さ。


「おいし!! これ美味しいですエミリー様! めっちゃなめらかです!」

「よかったですね。……私からすれば、一般的なケーキですけど」


 そりゃお城で毎日美味しいもの食べ放題なお姫様からすればそうだろうけど、庶民にはケーキ自体がレアなのだ。

 でもこのケーキはレアだからとか関係なく、本当に美味しい。語彙力が消し飛んでしまうくらいに美味しい。後でアイリとも一緒に来たいと思った。


「あ、よかったらこっちのも一口どうですか?」


 一口サイズに切り分けたケーキをフォークで刺して差し出すと、エミリーは心底嫌そうな顔をした。


「……あなた、食べかけを人に差し出すなんて、マナー違反ですよ」

「まあまあそう言わずに……こっちも美味しいですよ。で、そっちの分も私に下さい!」

「後者が本音ですよね……、まったく」


 心底嫌そうな顔のまま、リタが差し出したケーキを食べてくれるエミリー。

 普通に考えればリタの行動は王族相手に無礼過ぎるものだが、今までのやりとりで、何となくこの子は滅多なことがない限り本気では怒らない気がした。

 あと、失礼な行為は慎むべきという考えよりも、いい年して向こうのケーキが食べたい欲が勝ってしまったのもある。


「どうですか?」

「……まあまあですね」


 エミリーはつれない返事をしながらも、今度は自分の分のチーズケーキを切ってこちらに差し出してくれる。遠慮なくいただくと、チーズの濃厚な味が口の中に広がった。


「こっちもすごく美味しいですね!」

「いちいちそんなに元気よく伝えてくるほどですか?」

「いやー、甘いもの好きなんで。それに、誰かと一緒に食べると美味しく感じません?」

「……別に。社交界のお料理も、家で食べるお料理もそんなに変わりませんし」


 社交界の料理なんて、想像するだけで美味しそうなのに。

 一瞬、今度生まれ変わるなら王族とまでは言わないが貴族に生まれ変わりたいと思ったが——色々と大変そうなのでやっぱりいいやと思い直した。


「エミリー様は、甘いものはそんなにですか?」

「人並み程度には好きですよ。……ここのケーキも、悪くはないです」


 つまり美味しいってことだろうか。

 妙に遠回しな褒め言葉に笑ってしまった時、エミリーの後ろ——店の小窓に、人影が見えた。


「今、なんか後ろに……」

「どうかしましたか?」


 リタの視線に気づいたエミリーが振り向くと、その影が素早く身を隠す。その反応はまるで、エミリーの動きを警戒しているように感じられた。


「あの、最近周りで変な人を見かけたことはありませんか?」

「なんですか急に……あなた以外は、特にないですけど」


 ごく自然に変人扱いされたことはさておき。


「早く食べてお店を出ましょう」

「何故ですか?」

「何故って……」


 誰かに後をつけられている可能性があるから、なんて言ったら怖がらせてしまうだろうし、相手にそれが伝わったら急に襲いかかってくることもあるかもしれない。


「えっと、ほら、もっと色んな所に付き合ってほしいなーって思って」

「あなた……私が誰か分かってて言ってますか?」

「はい!」


 元気に返事をすると、心底呆れたように溜息をつかれた。

 

 もしもあの人影が、さっき見かけた黒ずくめの怪しい連中や何らかの犯罪者たちだったとしたら、エミリーが危ない。

 この店内にはあまり人がいないし、万が一乗り込まれでもしたら大変だ。応戦して店を破壊することになったら申し訳なさすぎる。

 さっさと出て行って、人通りの多い場所に移動した方が相手も手を出しにくいだろうし、まだ安全だろう。

 そう思い、味わいたい気持ちを抑えて食べるペースを速めると、エミリーもさりげなくそれに合わせてくれていた。


 やはりこの子、言葉はツンケンしてるけど何だかんだ優しいのかもしれない。




 店を出てすぐに大通りの方に行くと、たくさんの人で溢れかえっていた。

 これなら目立つ髪色が隠しきれていないエミリーでも、上手く人混みに紛れることが出来るだろう。一応髪を中に隠すようにして帽子も被っているし――長いので少々はみ出ているが――より目立たないはず。


「あ。あの服可愛くないですか? 似合いそう!」

「……あなたが着るには派手じゃないですか?」

「やだなぁ、エミリー様が着るんですよ」


 いくら『リタ』の顔面が美少女とはいえ、今は自分自身なわけだからイマイチ興味がわかない。リタは自分が着てるのを見るより、他人を着せ替えて楽しみたいタイプだった。


「……私はああいうフリフリしているものより、あのように大人の色気があるものの方が好みです」

「あー……」


 エミリーが指さしたのは、背中の部分がぱっくり開いた形のオシャレなドレス。

 微妙な反応になってしまったのは、あれはいくらなんでも大人の色気があり過ぎると思ったから。ただでさえ年よりも幼く見える顔立ちかつ低身長のエミリーがこれを着ているのを想像すると、とてもシュールだ。


「……なにか失礼なこと考えてません?」

「い、いやいや! あれを着てたら逆に面白いだろうなって!」

「普通に失礼なんですけど!?」


 そんなことを話しながら歩いていると、不意にエミリーの足が止まった。


「どうかし――、ああ」


 彼女の目線の先が分かりやすすぎて、聞くまでもなかった。

 ボーダー柄のマーケットパラソルの下で展開されている、こじんまりとした可愛らしい雰囲気の露店。そこには、色とりどりのフルーツ飴が並べられていた。


「あれ食べませんか? 私、甘いものが好きなので」

「……ま、まあ、あなたが食べたいなら仕方ないですね」


 あくまで「仕方なく付き合ってあげる」という風を崩さない姿が、年頃の子供らしくて微笑ましい。


「じゃあ、一緒に買いに行きましょうか」

「う――いえ、私はここで待ってるので買ってきてください」


 一瞬頷きかけたように見えたが、素直についていくとまるで自分が食べたがっているみたいに見えるからだろうか。

 エミリーは腕を組み、ふんぞり返っている。無駄に偉そうに見えるその仕草は、流石双子というか、ラミオそっくりだ。


「私はりんごでお願いします」

「はい。すぐ戻ってくるので、絶対にここから動いちゃダメですよ」

「分かっています」

「悪い人に声かけられても、ついていっちゃダメですからね。迷子になっちゃうと大変ですから」

「子供扱いしないでもらえますか!?」


 軽く周囲を見回してみたが、今はこちらを窺うような人の姿は見当たらない。これなら少しくらい離れても大丈夫だろう。

 頬を膨らませて怒ってますアピールをしているエミリーをなだめてから、リタは一人で店の方に向かった。


 近くで見ると、飴でコーティングされた果物はより美味しそうに見える。

 それにしても、こちらの世界の食べ物が前世とあまり変わらないのは、前世の世界を元に創作された世界だからだろうか。世界観的な事情なのか、お米などのザ・和食みたいなものはあまり見かけないから、少し寂しい気持ちもあるけど。


 店員の女性にりんご飴を二つお願いして、支払いを済ませる。

 店先に並べられたフルーツ飴が、太陽の光を受けてキラキラ輝いているのを見て、純粋に綺麗だと思った。

 綺麗といえばアイリのことを思い出すけど、あっちもそろそろ買い物が終わる頃かな、なんて考えて、少しぼうっとしていたせいだろうか。


「ひゃぁっ」


 突然後ろから悲鳴のようなものが聞こえた。

 ドキリと嫌な感じで心臓がはねたのと同時に振り返ると、突然近くに竜巻のようなものが現れ、思わず目を瞑る。

 砂が入らないように手で防ぎながら目を開いた時には、先ほどまでエミリーがいたはずの場所に、彼女の姿がなくなっていた。


「嘘でしょ……」


 リタは手にしたりんご飴を落っことしてしまいそうになりながら、呆然とした声をあげた。



続く

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