010:手術後

 艦治かんじが目を開けると、ポッドの正面にナギが立っていた。緑色の液体は抜かれ、ガラスはすでにせり下がった後のようだ。


≪お疲れ様でした≫


 艦治はナギの綺麗に整った顔を、ぼーっと眺める。二重でやや垂れた目、肌はきめ細かな色白で、鼻筋が通っている。


≪麻酔はすぐには切れませんから、もうしばらくそのままゆっくりして下さい≫


 唇は薄桃色で、やや口角が上がっており、その表情はやや嬉しそうに感じられる……。


「唇が、動いていない……?」


 艦治の独り言を受けて、ナギが首を傾げる。


≪唇ですか? 滑舌はそう悪くはなさそうに聞こえますが≫


「いや、ナギさんの唇が動いてないのに声が聞こえる!?」


≪あぁ、私は今直接艦長へ電脳通信を用いて交信しておりますので。

 聞こえていると感じておられる私の声は、鼓膜を震わせて伝わっているのではなく、脳が直接感じているものです≫


「直接脳内に!?」


 麻酔から醒めたばかりの艦治はやや取り乱すが、ナギが落ち着かせ、懇切丁寧に交信方法を教える事で、ようやく現状を受け入れる事が出来た。


≪いや、話には聞いていたんですけど、実際にこうして自分の身に起こると、混乱してしまうものなのですね≫


≪すぐに違和感なく使いこなされるかと思いますわ。

 意識もすっかり戻られたようですし、シャワールームへ参りましょう。お連れ様もお待ちのようです≫


 艦治はまたもナギに手を引かれ、第一手術室から第一手術準備室へ戻る。全裸のまま待機していた医療用ヒューマノイド達が待っており、再び全身を洗浄されて、バスタオルで水気を拭かれる。


≪制服はクリーニングさせて頂きました≫


≪え? そうなんですか、ありがとうございます≫


 肌着、ワイシャツを着せられ、ズボンと靴下を履かせられた後、艦治はソファーへ座らされる。


≪髪の毛を乾かしますね≫


「えぇっ!? あ、ありがとうございます……」


 一国の外交大使から一般市民である自分の髪の毛をドライヤーで乾かすという申し出を受けて、艦治は断る事も出来ずただただ受け入れてしまう。

 気を利かせた医療用ヒューマノイドの一人が、部屋の隅にあった大きな姿見を艦治の前に持って来た。


「………………見える?」


≪どうかなさいましたか?≫


「いや、目が見えるんですけど!?」


≪すみません、ドライヤーの音でお声が聞こえにくいもので≫


 ナギはそれでも手を止めず、艦治の髪の毛を乾かし続ける。


≪視力が上がっているんですが!?≫


≪あぁ、とても視力が低下しておりましたので、インプラント手術と合わせて視力回復手術も行わせて頂きました。

 それと後頭部や左手甲のやけど跡、手足の切り傷など複数の傷跡も修復しております≫


 何でもない事のように伝えるナギの様子に、艦治は今までインプラント埋入手術を受けた人達もそのような治療を受けて来たのかも知れないと、半ば無理やり納得する。


≪はい、乾かし終わりました。それではお連れ様の元へとご案内致します≫


 再びナギに手を引かれ、艦治は第一手術準備室を出る。艦治がナギに髪を乾かしてもらっている間に、全身洗浄を担当した医療用ヒューマノイド達も手術着姿へと戻り、艦治の後ろを着いて歩く。



「おー、お疲れ。あれ? 眼鏡は?」


「視力回復手術してもらった、らしい」


 手術前説明を受けた個室で待っていた良光がすぐに艦治の目に気付いたが、艦治の返答を受けて一瞬変な顔をした後、口を閉じた。


「あれ? それって支援妖精?」


 ソファーに座った良光の太ももには、背中に羽が生えたオスのライオンが寝そべっている。


「おう、大当たりだったぜ。テオって名前にした」


「へぇ、カッコイイね」


 良光の右隣のソファーに座り、艦治が良光に断りを入れてからテオを抱き上げる。

 テオは艦治の左手の上で気持ち良さそうに撫でられている。


「お飲み物をお持ちしますが、何がよろしいでしょうか」


 ナギが二人に問い掛けると、二人ともアイスコーヒーを頼んだ。それを受けて、医療用ヒューマノイドの一人が個室を出て行く。


「そろそろ返してくれよ。まだ俺も愛で足りてねぇんだ」


 良光が艦治からテオを受け取り、膝に乗せて撫でる。


「で、お前の支援妖精は?」


「いや、まだ受け取ってないよ」


「え? 手術が終わった後に手術準備室で貰わなかったのか?」


「うん、貰ってないけど……」


 良光が支援妖精を貰っているのに、自分には与えられていない事を不安に思う艦治。


「あの、僕は支援妖精が貰えないんでしょうか……?」


 恐る恐る艦治が問い掛けると、ナギは笑顔で答えた。


「艦長はすでに支援妖精をお持ちですわ」


 カンチョウという響きを聞いて、良光が首を傾げる。


「お持ち? いえ、受け取ってないんですが。

 いや、ないならないで仕方ないんですけど……」


 艦治がやや落ち込んだような表情を見せるが、ナギは満面の笑みを見せて、自身の胸に手を当てて答える。


「艦長の支援妖精は、艦長補佐である、私です」


「「……はぁっ!?」」

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