008:医療施設
ロープウェイと呼称してはいるが、神州丸の公式発表ではロープに依存した乗り物と言う訳ではなく、宙に浮く箱舟と言った方が正しい。
その証拠に、ゴンドラの上部にある金属の輪っかは張られた金属ロープに触れておらず、動力部分の滑車なども見られない。
ロープ部分は「見ていて不安になるから」と日本政府が神州丸に頼み込んで、後から追加設置されたという経緯がある。
つまり、このゴンドラは空飛ぶ大型バスなのである。
「本当なら車も空を飛べるはずなんだよなぁ」
「法整備が進んでないんだっけ?」
良光の独り言に対し、艦治が答える。
神州丸が日本領海に墜落してからすでに十八年も経っているのだが、全ての国民が神州丸を理解し、受け入れている訳ではない。
従って、自分達の生活に直結するようなデメリットが想定される「空飛ぶ車」などの法整備には、非常に時間が掛かっているのだ。
「自動運転は良いのにな」
「昔は免許が必要で、自分で運転しなきゃいけなかったんだよね」
自動運転技術は神州丸墜落以前からある技術である為、比較的スムーズに導入された。
完全自動運転の場合は、人件費が格段に安くなるという理由で各業界団体が推し進めたというのも大きな理由となる。
大量に解雇されたタクシーやトラックなどの運転手達は、さぞかし神州丸を恨んだ事だろう。
何気ない雑談をしている間に、艦治達を乗せたゴンドラが神州丸に到着した。
「さっむ!!」
神州丸側のロープウェイ乗り場は海抜千三百メートル地点にあり、地上よりも8.5℃ほど気温が低い。
乗り場の造りは港側とそう変わりないように見える。
「富士山がすごく綺麗に見えるね」
梅雨に差し掛かる直前だが、運良く雲のない快晴で、素晴らしい景色が広がっている。
「よく探索者の皆さんがこちらで写真撮影をされているようです。
よろしければお撮りしましょうか?」
ナギが気を利かせてそう尋ねるが、艦治が恐縮して断ってしまう。
「いえいえいえ! そんなの悪いですし、もし帰りも晴れてたら撮って帰る事にします!!」
「そうですか、では帰りにしましょうか。
それではこちらへどうぞ」
ナギの案内でロープウェイ乗り場からエレベーターに乗り、いよいよ宇宙船内部へと足を踏み入れる事となる。
「広いな……」
エレベーターが開いて見えた光景は、艦治には空港のような印象として映った。
アイボリーを基調とした巨大な空間。天井はかなり高く、百メートルは優に超えているだろう。
遠くにある壁にはいくつもの大きな開け放たれた扉があって、フル装備の探索者達が出入りしている。
そしてエレベーターの遠く正面に、三階建ての建物が存在する。
「あちらがインプラント
エレベーターの前から医療施設まで続く水平型エスカレーター、いわゆる動く歩道に乗り、ようやく艦治達は目的地に到着した。
玄関を入ると、警備ヒューマノイド四人は入り口を守るかのように待機する。
医療施設の内部は一般的な病院の総合受付に良く似ており、ゆったりと座れるソファーがたくさん並んでいる。
現在は、壁に揃って整列している数十人の手術着姿の医療用ヒューマノイド達以外、誰もいないようだ。
医療用ヒューマノイドは手術帽を被り、目元はゴーグル、口元はマスクをしているので、それぞれの表情を窺う事は出来ない。
とてつもなく不気味な印象を受け、艦治は思わず良光へと視線を向けるが、良光はそんな艦治を気にする様子を見せなかった。
「あちらのお部屋へ参りましょう」
ナギは艦治と高須を手術前説明の為、個室へ案内した。その後ろをぞろぞろと医療用ヒューマノイド達が着いて歩く。
「すでにご存じだとは思いますが、こちらの映像を最後まで見て頂き、最後に電子署名をして下さい」
医療用ヒューマノイド達に囲まれたままソファーに座らされ、二人の目の前にとある映像が空中に映し出される。映像の内容は以下の通り。
・インプラント埋入手術を施術する対象は、宇宙船『神州丸』内部の探索・解放に協力する意思のある十八歳以上の人物
・手術に掛かる費用は一切負担する必要はない
・手術の安全率は非常に高いが、万が一日常生活に支障が出るような病気や障害などになってしまった場合、神州丸が責任を持って治療・改善にあたる
・手術後にインプラントに組み込まれている電脳OSの操作支援と探索支援の為に妖精を支給するが、妖精の外見を選ぶ事は出来ない
宇宙航行中に敵対生命体に襲われ、神州丸は一部機能の制御不能に陥った結果、日本領海へと墜落してしまった。
敵対生命体の攻撃を受け、船内の警備システムが侵入者迎撃モードになってしまい、管制室へと向かう事が出来ない。
神州丸唯一の乗組員であり、最高責任者である人物が眠ってしまっており、現状を回復する手段がない。
艦長代理であるナギは、人工生命体なので戦時下における緊急対応権限が与えられていない。
困ったナギは、外部にいる知的生命体、日本人に助けを求める事とした。
これが神州丸と日本政府が同盟を結んだ要因となる。日本政府は神州丸の中へ探索者を送り込み、その対価として神州丸は日本の技術開発の協力をする。
そんな関係が十八年も続いているのだ。
しかし、ある程度の時が経過すると緊張感が緩み、様々な事柄が形骸化してしまう。
艦治と良光のように、インプラント埋入手術だけを目的として、積極的に船内探索を行わない者も非常に多い。
現在ではそれほどに電脳OSありきの技術やサービスが日本には溢れているのだ。
それに加え、神州丸からも与えられた支援妖精からも、探索活動を強要される事がないという点も、気軽に手術を受ける者が増える一因となった。
「同意、します……」
「同意っと」
艦治は若干の後ろめたい気持ちを抱えつつ、良光は何の躊躇いもなく、ナギからそれぞれへと差し出されたタブレットに電子署名を行った。
「それでは手術準備を始めましょう。お手洗いは今のうちにお願い致します」
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