第5話 ヨイチ
学校を出発してしばらく歩いたところで日が暮れ始めた。そして私達は森の中で野営する事になったのだが。
「んなんだとおおおおお!!!」
「うっさいですわよ!!」
ナックルの声が森に響き、木々に止まっていた鳥達が一斉に羽ばたいていく。あからさまに顔を顰めたルメアに詰め寄られるも、全く気にする様子もなく、将軍先生の方に顔を向ける。それもかなりの形相。何に怒っているのかと言うと。
「魔物討伐って聞いて昂ったつうのに、ゴブリンだと!!舐めてんのか!!」
そう。今回の討伐対象がゴブリンだということ。ファンタジー世界ではお馴染みのゴブリン。緑色の肌、幼い子供のような大きさで、痩せ細った体。彼らは酷く姑息で陰湿な雑魚キャラ。と言うのが私の中でのイメージだった。どうやらこの世界でも概ね違いはないようだ。
「オーガとやらせろ!!それかレッドタイガーだ!!」
もはや将軍先生の胸ぐらを掴む勢いのナックル。私からすればそんな高ランクの魔物と殴り合うなんてごめんだ。むしろゴブリンで良かったとすら思う。
「よしなさい!ゴブリンは村の畑を荒らしたり、家畜を襲う害悪な魔物です。騎士を目指すならば民のために戦うのは当然のことでしょう!!」
もはや猛獣と化しそうなナックルを止めに入ったのは、アレン・ルナ・ウォーリア。父が王国軍第一騎士団団長であり、クラスの中では最も騎士としての礼節に厳しい子だ。金髪ポニテの美少女であり、くっ殺が似合う生徒ナンバーワン。
「ゴブリンなんざ低ランクの冒険者がランク上げの為に最初に狩る魔物だ。俺はそんなつまんねえことやりたくねえんだよ!!」
「やりたいかどうかなど騎士には関係ありません!!民のためかどうかで行動しなさい!!」
真逆の性格をしている2人がぶつかり合うのも仕方がない。だが、正直気になる事はある。今ナックルが言った様に、ゴブリンなんて駆け出しのFランク冒険者が最初に受ける依頼だ。正直私はあれだが、このクラスの生徒の戦闘力はDランク程度は超えている。それが理解出来ないような人じゃないだろう。
「安心しろ。今回討伐するゴブリンの集落は、オークキングの縄張りにある。運が良ければオークキングともやり合えるだろう」
「オークキングか、悪くねえ!」
将軍先生の言葉に一気にテンションが上がったナックルは鍛錬だと言ってどっかへ消えた。
「全くあの人は」
「ナックルはいつもああだろ、つーかオークキングに遭遇するとか、シャレになんねえぞ」
「ふ!この眩しい俺にかかれば、薄汚いオークなど瞬殺さ」
「ふわぁ〜、眠いです。もう寝ます」
「はあ、野営だなんて。ベッドで寝れないのかしら」
各々が寝るための準備を始めるが、高位の貴族の人程野営に抵抗があるようだ。しかし、侯爵家のリーガスはなんの抵抗なく毛布を被って眠りについた。それにラミスは慣れた様子で木に背を預け、すぐに動ける体勢で眠っている。私も寝ようかと思ったが、その前に川に水を汲みに行く事にした。少し歩いたところで川辺に座る人影が見えた。
「あ」
「ん?おっと、見られてしまったね」
川辺に居たのは、私が最も気になっていたクラスメイト。目元に目張りの様な紅色のメイクをしている日本人顔の男、ヨイチ。月明かりに照らされた彼は何が面白いのかニヤニヤしながら、咥えていたものを離し、スッと懐にしまおうとした。
「煙管」
「ッ!へえ、ご存知ですか、これを」
しまった。かつての世界で見た事があったから、普通に口にしていた。
「これは私の故郷にて使われていた物です。この国ではほとんど流通していません。マリアさんの父上であるロール侯爵の領地、ルーガンド領は交易が盛んですからね、可能性はありますが」
スッと目を向けたヨイチは私を逃がさないように静かだが冷たい圧をかけてくる。ヨイチについて知りたいとは思っていたが、もしかしたら関わるべきでは無かったかもしれない。だが今更後悔してもしょうがないか。
「レインさんの父上エレジー男爵の領地は交易がさほど盛んではありませんよね。それなのに、何故この煙管を知っていたのですか?」
適当に誤魔化しても嘘だとバレる。それに、この男を騙せるようにも思えない。なら、いっそのこと。
「教えない」
人差し指を立てて唇に当てる。煽るような笑みを浮かべる。今はこうするしか出来ない。何を言っても無駄なら言わなきゃいい。ブチギレて殴りかかるタイプでもないだろうし。
「ぷっ、ははは!いいでしょう。貴女は謎の多い人だ。だからこそより知りたいと思える」
「そんなに、私って謎が多い?至って普通な方だけど」
「ご冗談を。噂では騎士学校入学前に人が変わった様だと言われてますし。あの高貴な一族、アリシア公爵のご令嬢リミネスさんによく懐かれている。それに、炎魔法を代々得意としてきたエレジー家に生まれながら、発現したのは水魔法。神来の儀にて与えられた武器、蛇行剣。それはかつて悪鬼から西の国を守ったと言われる神、ルーバリトンが使った武器。またの名をサジャン。気になって仕方ありません!」
……最後の話はさておき、確かに私、あのリミネスに懐かれてるのは周りから見れば不思議か。それに私の家って炎系魔法の家系なんだ。知らなかった。こう言われると確かに変なやつではあるのか。
「後は、常に誰かを探している」
「ッ!」
ヨイチの言葉に思わず体が反応してしまった。この男の前で動揺を見せてはいけない。しかし時すでに遅し。私はもう蛇に睨まれた蛙。絡みつかれて身動きが取れず、首元に毒牙を突き付けられているような、そんな恐ろしい感覚を味わっている。
「貴女も知らない、誰かを」
「そ、それは」
ゆっくりとこちらへ歩いてくるヨイチ。月明かりの逆光で表情が見えないのがより恐ろしい。ほぼ目の前にたった彼は、私の耳元で囁いた。
「例えば、貴女と同じ人、でしょうか?」
息が詰まりそうになった。この男は、何者なのか。何を知っているのか。分からない。でも、敵には回したくない。危ない。逃げろ。そう頭が警告を鳴らす。しかし体が言う事を聞かない。
「おや?動けませんか?少し脅かしすぎましたかね。では、お手伝いしま」
「ッうわ!?」
与一の手が触れそうになった瞬間、ものすごい勢いで後ろに体が引っ張られた。倒れるかと心配したが、細く柔らかい腕に抱きしめられた。この腕と温もりを私はよく知っている。
「……レインに、何したの?」
リミネスの声だ。しかしいつもより低く、重い声。完全に怒りが込められている。
「そう怖い顔をしないでください。何もしていませんよ、リミネスさん」
「レイン、震えてる。レインに何かあったら、私は」
周辺一帯に漂う殺気。これはマズイ。早く止めないと誰か死ぬ羽目になる。リミネスを止めようにも、身動きが取れない。どうしたものかと頭を悩ませていると、ヨイチが両手を上げて降参のポーズを取った。
「少し彼女の事が気になったんですよ。あまりにも謎が多いものでね。もう怖がらせるような真似はしませんよ。私だって、貴女を敵に回したくはない」
そう言うとヨイチは私たちの横を通り過ぎて行った。隣に来たあたりで私に謝罪しようとしたが、リミネスに顔を隠されてしまい、私は何も言えなかった。
「レイン、何であいつと話してたの?」
リミネスの顔が見えない。しかし声は先程よりも優しくなっている。
「ヨイチがタバコ吸っててね。それがこの国にあるパイプとは種類が違ったんだ。それを指摘したら、興味を持たれてしまってね」
「……あいつとは、なるべく話さない方が良い」
リミネスが私に向ける独占欲!なんて可愛いものじゃない、本当の意味での忠告だった。
「クラスには、出自不明なのが何人かいる」
そう言ったリミネスから、5人の名前を挙げられた。
まずはリューロン。ヨイチと同じ異国人。私は知らなかったが、どうやら宰相家に仕えているようだ。いつから宰相家にいるのかも不明。しかし通りで、宰相家の嫡子、クロード君とよく並んで歩く姿を見掛けるわけだ。
次にラミス。あのリーガスと剣を交えても退けを取らない強さとスピードを持っている彼女だが、その出自は不明だ。だが時折見せる殺意のこもった目、冷徹な表情、あまり考えたくはないが、そういう家系では無いかと噂されている。
それからカイ・サモン。常に眠たげなダウナー系男子。授業中は居眠りが多い為よく叱られている。平民には見えない様だが、かと言ってサモン家など誰も聞いた事がない。リミネスですら何もわからないらしい。
そして、ラギ。彼女に関しては最早出自どころか意味不明。まず常に紙袋を被っている。そして何かに怯える様子でうろついている。いつだったか、ナックルが面白半分で彼女の紙袋を取ろうとした瞬間、彼女は目の前から姿を消した。それ以来誰も彼女の紙袋についてツッコまなくなった。
最後は勿論、ヨイチ。
「あいつは、王家に仕えているの」
「は?王家?」
「うん、諜報員だとか、商人だとか色々噂はあるけど。父から聞いた話だと、あいつは王国から海を越え遠く離れた島国、ヒノモトってとこの生まれで、カラスの一族って呼ばれているらしい」
待て待て待て待て。気になる事が多すぎる。ヒノモトって、完全に日本だよな。存在していたのか?いや、それより、カラスの一族ってなんだ?
「人から情報を抜き出すことや、情報操作も得意だって聞いた。第一王子はいろんな場所からいろんな人間を連れて来てはやりたい放題。長年仕えてきた貴族達が何人もその地位を奪われている。その第一王子についているのがヨイチ。だから、気を付けてよレイン」
思っていたよりヤバい派閥にいたんだなヨイチって。でも、彼の雰囲気からして、そんな奴に使えるタイプだろうか?何となく不思議だった。だがまあ、とりあえず今は。
「ありがとね、リミネス」
「うん、レインは私の大好きな人だから」
可愛い事を言うなあ。感謝の気持ちを込めてリミネスの頭を撫でると、くすぐったそうに笑った。その日は2人で毛布をかぶって眠りについた。
主人公探してます エドモンド橋本 @e_hashimoto75
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