バック・トゥ・ザ・ドライジーネ

 ダンディホース

 ボーンシェイカー

 ロードブロッカー

 ケッタマシーン


 いずれが自転車の綽名である。この中ではとくに『ボーンシェイカー』の字面が強烈だ。その名のとおりに『骨を揺らすもの』はペダル付きバイクの元祖的な存在であり、その印象的な二つ名で正式名称の『ミショー式自転車』ないし『ヴェロシペード』を歴史の彼方に葬り去る。


 古風な石畳のパヴェとソリッドな木製ホイール、この二つの組み合わせから生まれるのは壮絶な乗り心地である。とどのつまりは骨ぐらぐらマシーン、奥歯がたがたシステムだ。そして、この不愉快な『ボーンシェイカー』のせいでダンロップさんの息子が頭痛を起こし、過保護な親父さんの手で空気入りタイヤが生まれた。


 現代型の乗り物が滑らかに進むのはアスファルト舗装と空気入りゴムタイヤのおかげだ。どちらかが欠けても、乗り心地が急激に落ちる。ニコイチである。


 たとえば、敬虔なスケートボーダーはアスファルトでは板に乗らない。スケボーのタイヤはウレタン系のソリッドタイヤだ。まあ、厳密にはスケボーの足元は『ウィール』だが、これはアスファルト舗装の砕石の小さなノイズを拾ってしまう。ソリッドタイヤの宿命である。


 ナグジェの道路は石畳みのパヴェだ。これのコンディションは既出のとおりである。完璧にフラットな路面はめったに見当たらない。


 必然的にアスファルトもゴムタイヤもない当地で生まれるものは『ボーンシェイカー』の正統的な後継者となる。


 革でタイヤを作る

 コルクでリムを作る

 車体にサスペンションを付ける

 パッド入りのズボンとグローブを着用する


 ぼくとベインは以上のようなことを検討したが、最終的に作りやすさと費用の安さを優先して、試作機の決定稿を出した。


 ペダル、クランク、ドライブはなし 

 車体は木製

 車軸は鉄製

 車輪は馬車用の改良品

 ホイールは前後同径  

 重量は十五キロ以内

 一か月で作れるもの

 

 ポイントはホイールのサイズだ。ぼくらは市内の石畳の段差を測りまくり、馬車の車輪の大きさを調べまくって、適切な数値を検証した。結果が五十センチだった。これより小径の木製ホイールはナグジェの道路環境では『ボーンクラッシャー』になってしまう。


 ある日の実験がある。タロッケス先生は町に出かけて、小さな車輪の手押し車にそこらへんの悪ガキを乗せて、石畳の舗装路をごりごり突っ走った。少年は最初にこそ喜んだが、ものの数分で乗り物酔いにかかり、青白い顔でリタイアした。かように小さな車輪は段差には不利だ。


 他方、大型の車輪はスピードと走破性を強化するが、軽さと機動性には全く貢献しない。十九世紀末のペニーファージング型自転車が好例である。この超巨大フロントホイールのバイクは歩行者から敵視され、『道路の妨害者』の汚名を着せられた。実際、これは自転車の歴史の中で最も危険な車体である。でかい、速い、重い、止まらない。


 最後の決め手はぼくの記憶だった。ナニワのサカイの自転車博物館にあったドライジーネの実機の車輪は意外と小ぶりなウッドホイールだった・・・ような記憶がゆらゆらと蘇った。少なくとも、一メートルや二メートルの超大型車輪ではなかった。


 これは当然だ。ドライジーネはキックバイクだ。動力は足である。乗り手は地面をキックして、推進力を得る。つまり、足は常に地面に届かなければならない。


 ホイールが大きくなると、車体が大きくなり、車高が上がり、座席が高くなる。実際問題、ファニーページング型自転車にはサドルへ上るための階段がある。乗車位置から足は地面に全く届かない。


「おっちゃんは立つと普通やけど、座ると大きゅうなるなあ」


 この屈辱的な台詞は親戚のお子さまの純粋な発言だった。そう、胴長短足のぼくの股下は過不足なく七十二センチメートルだった。この股下は靴の厚みで七十半ばになっても、八十センチには決してならない!


 ここからの逆算でサドルの位置が決まり、車高が決まり、ホイールサイズが決まる。車体のフレームの部分のマージンを考えると、そんなに大きな車輪を採用できない。


 運よくこの五十センチ前後の車輪はナグジェ市のスタンダードな馬車のホイールの規格と一致する。パーツの入手のしやすさは今後の量産に繋がるし、ベインくんのやる気をスポイルしない。


 ということで、ぼくらの一か月自転車作成計画は遠い夢物語から現実的な事業計画へ近づいた。ぼくもベインも納期には敏感だった。とりあえず、一個目をすばやく形にしないと冷めてしまう。一年後のチャリより一か月後のドライジーネである。

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