8.まるで別人



「クロイ、どうしたんだ? お前らしくもない」


 キリクが声をかけると、クロイは眉間を寄せた。嫌悪感を隠しもしないのは、クロイらしいと思うが、キリクは少しだけ傷ついていた。


 だがそんなキリクの心中など知らないクロイは、刺々しい物言いをする。

 

「らしくもないとはなんだ? あんたが俺の何を知っていると言うんだ?」


「……そうか。そうだったな」


 キリクは言いながら納得する。幼少の頃から知っているキリアとは違い、キリクとはつきあいも浅い。なので、クロイのことを知っているというのはおかしいだろう。


 自分の状況を改めて思い出したキリクは、笑って誤魔化した。おまけにクロイはどうしてか、キリクのことを苦手に思っているようだった。


 喋りかけるたびに険のある態度をとられると、さすがにキリクも疲れてしまうが、それでも一緒にいたいと願ったのはキリアなので、クロイに嫌われている事実は見ないふりをした。


 そしてそんな二人のやりとりが気になるのか、アリスタ伯爵令嬢——ガンナが口を挟んだ。


「護衛の任に就く仲間なのですから、あまり邪険にしていただかないと助かります。いざと言う時に困るでしょう?」


「……俺は一人でも十分戦えます」


 頑ななクロイに、ガンナは諭すように告げる。


「そうですね。あなたの強さはあの剣術大会で理解しましたが、上には上がいるものです。どうかくれぐれも気を抜かないようになさってください」 


 ガンナの言葉に、キリクは大きく頷いた。そしてクロイの肩に手を回して、笑って見せる。


「もちろんです! アリスタ伯爵令嬢様。今後は俺たちにお任せください」


 普段は身長差もあって、肩を組むことなど出来ないものだから、キリクにとってはこの状況が新鮮だった。


 だがキリクの行動はクロイのしゃくに障ったらしく、毛を逆立てた小動物のように嫌悪を示した。


「おいあんた、俺に触るな!」


「ほら、仲良くしないとアリスタ伯爵令嬢様に心配をかけるだろう」


「そんなこと、俺の知ったことじゃない。俺は護衛をするためにここに来たのであって……」


 クロイが言いかけた時、ガンナは思い出したように手を合わせる。


「そういえば、三日後に叙爵式じょしゃくしきがありますので、それまで町でも見てゆっくりしてください」


「こんな状況で叙爵式……ですか?」


 クロイが怪訝な顔で告げるもの、ガンナが気にする様子はなかった。


「こちらが焦っているところをに見られたくないものですから。それに私は、お父様は生きていると思っております」


「……どうしてそう思うんですか?」


 今度はキリクが訊ねると、ガンナは表情を消した。


「……父には利用価値があるのです。あの方たちにとって」


「あの方たち? もしかしてあなたは、父親を攫った犯人がわかるんですか?」


「ここでは大きな声では言えませんが、犯人の見当はついています。ですから、あなたがたの仕事は追って連絡しますので、それまでのんびりと城下で過ごしてくださいね」


「……わかりました」


 ガンナの言葉にどこか引っかかりを覚えるキリクだったが、クロイは素直に受け入れた。


 どうやらクロイは、必要な仕事のことしか考えるつもりはないらしい。ガンナのことをおもんぱかる様子もなく、また取り入るようなこともなかった。


 そんなクロイをクロイらしいと思うキリクだったが、自分に冷たいことが、どうしても解せなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る