【3,065字】『RIPPERROLOGY(リッパロロジー)』ZERO【切り裂きジャックの寝室】

白銀比(シルヴァ・レイシオン)

カノニカル・ファイブ

「どう?今夜・・・いいことしない?❤」


 女の声が、どこからか聞こえてくる。


「Hi gentlemanジェントルマン.サービス、するわよ?」


 目の前には、典型的な紳士の姿が見える。顔は・・・夜だからもありこの路地裏では月明りすらも挿さないために、暗くて全く詳細は見えない。


 足元は石畳、そして建物はレンガ調の壁・・・まるでそこは中世のヨーロッパの風景のようだ。


 男が近づいて来る。どうやら俺は、この男を誘っているで居るようだ。何故?


 これは、夢か??


 すると、途端に眩暈から意識が朦朧としてきた。

 男が手元にある小瓶のコルク蓋を取り、俺である女性に手渡して匂いを嗅がせている。その臭いは少し甘く、しかし今まで嗅いだことのない独特な臭いだった。


 当時、と言ってもここがいつの時代かも分からないその人物や風景だが、ヨーロッパと言えば様々な香水や香料が盛んになっていたとは聞いたことがある。


 ハイヒールが生まれた理由。そう、その話からの延長上線で聞いた話だ。


 昔は今のような下水や水洗といったシステムが無かった時代、人間達の糞尿すらもその辺の道端に捨てられていた。中には上階に住む人物が自室の窓から自分達の糞尿を投げ捨てるといったこともあるとか。それらを少しでも踏んでしまう面積を減らす目的で、ハイヒールが誕生したらしい。


 そして現代でも多くの外国では、そして特にインフラが未完成で水が貴重となる地域では、上水システムの不具合やメンテナンス不可といった影響もあり入浴も頻繁には行われない。水道等の塩素やろ過といった設備投資をする事も無いその自治体では、そのまま産業廃棄物も含まれた有害な水が水道から流れ出ていて、入浴した方が体調を悪くすることすらある。


 有名な話では五十年以上も風呂に入らなかったホームレスの老人が、入浴した途端に亡くなった話すらあり、その因果関係も実際には謎だがその水道水が原因だった可能性も無いわけにはいかないだろう。


 そういった、現代の日本では到底考えられないような現実という影響などから、昔から今でも「香水」はエチケットとして定着している。体臭そのものも日本人は少ないという体質傾向も多分にあり、無臭なのが好まれ逆に香水のキツいその臭いは毛嫌われる傾向の方が高いが、そういった現実的な違いというのは片側だけの知識や習慣、常識では想像すらも出来ないかもしれない。双方に於いて。


 然るに、先ほどのこの女性が紳士男性をくだんの誘い文句から察するに、この女性は「娼婦」のような雰囲気を感じる。そしてそうであれば、娼婦にとって「香水」とは貴重品であり、そして経済的に可能な状況であればそれは必需品とも言える代物だろう。積極的に興味を惹かれるのは当然なのかもしれない。


 ただしかし、この朦朧とする意識はなんだろうか。


 まるで演舞かのように倒れ込む「おんな」は、先ほどの紳士に抱きかかえられる。まだ少し意識があったが、しかしそれでも顔は見えなかった。




 そして、強烈な痛みで一瞬目が覚める。しかし、俺はこの訳も分からない夢から覚めることは無いらしい。


 腹部が切り裂かれる。しかし、抵抗も出来ない、手足が動かないようだ。


 大きく切り開かれ、俺の下腹部から紳士はいくつかの内臓を取り出した。その時、頭の中にはさっきの女性、この娼婦の声が聞こえた気がした。


《わたし・・・の・・・赤・・・ちゃん》


 次に娼婦が気を失ったその後に、俺のが覚めた。




 そして別の日。




 また似たような夢を見る。

 女性。娼婦。そして、殺される。


 この時は後ろから突然、首の根本が熱く一線を掻いた。溺れるような苦しさから酸欠により、死んでいった。


 初めてこの夢を見た時の様に、痛みや苦しみで死ぬ経緯に比べればあっさりとして呆気なかった。

 誰もが経験したことがあるように、大量の鼻血が出て止めるために上を向く。その際に喉へと駄々洩れる自分の血がべったりと喉から食道にかけて、まるでへばりつくような喉越しの気持ち悪くて不快感が、その数十倍になって襲い掛かり肺へまで浸食してゴボゴボと地上で溺れていく。

 呆気なかったが、不快感は強烈だった。




 これらの夢は・・・夢にしてはリアルで、現実的に思える。まるで・・・そう、夢ではないと言い切れる何かがある。


 そうだ、映画か何かでも見たことがある。


「タイムリープ」


 その感覚に似ている気がした。



 いつから、この現象が起きているのかを考えてみると、色々と辻褄が合ってくるのもなんだか恐くて嫌なんだ。


 それはイギリス、ロンドンの

『ドックランズ博物館(Museum in Docklands)』

 に行ってから・・・・・・


 イーストエンド(Jack The Ripper And The East End)の特集として、「ジャック・ザ・リッパー」に纏わる展覧会イベントが開催され、サスペンスやミステリーが大好きな俺はそこを目的としてわざわざ見に行った、その日の夜からの始まりだ。


 そこでは

【切り裂きジャックの寝室】

 ウォルター・リチャード・シッカート画

 も展示され、俺は興奮を隠せなかった。


 この絵の面白い所は、この画家が真犯人「Jack The Ripper」ではないか、と、あるジャーナリストが提唱しだしたことにある。

 その後もそれに追随するように数々の有名人や著名人もその説を信じ、ある人物が多くのシッカートの絵を購入しそこからなんとかDNAを摂取、そしてその鑑定まで行ったという。

 ここのその理由は、ジャックが自らをJack The Ripperと名乗ったとされる手紙が警察の元へ届いたその切手を貼る際の「唾液」があったから。ただそれも、手紙の中で犯人が「取っておいた赤い『液』が固まってしまった。残念だが赤インクで我慢してくれ。次こそは被害者の切り取った『耳』を同封するから楽しみにしててくれ」なんて記述を”わざわざ”している。不自然と言うか、わざとらしい話だと俺は思うがね。


 更にその話中だった当のシッカートは

【カムデンタウンの殺人】

 といった作品があり、構図として裸の女性が死んだように寝そべり、その脇にうな垂れる男性を描いている。そんな作品が幾つかあるらしく、そういった点からシッカート犯人説が生まれたのではないかともされている。


 俺はそういった「点」からと、当時の画家や作家によくある傾向も視野に入れていた。それは、ある映画で有名になった題材である

「絵がまれて、そのがる」


 そのようなことが当時から流行り、傾向があるのであればもうなんとも言えなくなってしまう。

 こちらの説では、画家本人が盗賊、盗人に自分の絵を盗んでくれとのではないか、という、現代でいう所の炎上商法、売名行為のような話が言いたい事だと思われる。


 この説がどこの誰がどう言っていることなのかは、一応に伏せておこう。今、ここでその話はどうでもいいことだ。

 要するに俺が何故この

「ホワイトチャペルの殺人鬼(Whitechapel Murderer)」

「レザー・エプロン(Leather Apron)」

 と言われている事件に興味を持ったのか、そしてどう感じたのかが言いたいことだ。


【切り裂きジャックの寝室】

 そもそもに、この絵を見に行きたかったのだ。

 が、

 それから、毎日に様に「カノニカル・ファイブ」と言われている、現場のような、そんな風景を体現させられているんです。


 メアリーアン、アニー、エリー、キャサリン、ジェーン・・・・・・



 死の疑似体験。



 こんなもの、経験するものじゃないですよ。


 一刻も早く解決しないと、俺の精神が今にもイカれそうだ・・・・・・

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