第三章

3-1 レオンの悩み

 あくる日、レオンとテオは研究所で二人、秘密の話をしていた。レオンは完全に回復して、やっと一人で行動できるようになったのだ。つまり、人払いが必要な話をようやくできるようになったとも言える。

 

 テオはジゼルに、今日は休みだと告げて追い払った。彼女は少し不満そうにしていたが、しぶしぶ帰宅した。何らかの事情があることを察したのかもしれない。

 

 テーブルについたレオンは、静かに切り出した。


「俺は……騎士団の中に内通者がいることを、ほぼ確信した」

「チッ、面倒なことになったな……。確かに、完成した弓矢に対する対抗……あれは、あまりにも早すぎた」

「ああ。弓矢への対抗。そして、まるで武闘大会の警備体制に合わせたかのような、大型ドラゴンの出現。あまりにも出来過ぎだ」


 テオは頭を掻いて眉根を寄せている。レオンは続けた。

 

「それに……俺がドラゴンの上に転移して、雷の剣で攻撃した後のこと、覚えているか?本当ならあの時、浮遊の祝福ギフトが使える騎士に手伝ってもらい、安全に離脱するはずだったんだ」

「……何?そうだったのか。実際には、ドラゴンに振り落とされていただろ?」

「そうだ。浮遊の祝福ギフトが使える騎士は、いつの間にか気絶していた。あのどさくさに紛れて、何者かに攻撃されたんだ」

「騎士団の中に敵がいて、お前の命を狙っているってわけか……」

「そういうことだ」


 レオンは溜息をついた。内容が内容なだけに、この話は騎士団の誰にも話していない。一体どこに敵が潜んでいるか分からないからだ。


「疑わしい人物に、心当たりは?」

「今のところ、何名かに疑いを持っている。だが、確信が持てない。俺も本当は、疑いたくない……」

「そりゃあ、そうだよなあ」


 自分の部下に疑いの眼差しを持たなければならないと言うのは、酷な話だ。レオンには、はっきりとした疲労の色が見て取れた。

 

「でも、そうなると……敵には恐らく、アメリア様の祝福ギフトもばれているぞ。次に標的として狙われる可能性が、あるんじゃないか?」

「……確かに、その可能性はある」


 レオンは沈痛な面持ちになった。自分自身が狙われるよりも、ずっと恐れていることだった。

 

「アメリア様には、どこまで話してる?」

「騎士団に内通者がいる可能性については、何も話していない。アメリアを、どこまで巻き込んで良いのか分からない……。それに、彼女を無闇に傷つけなくないんだ……」

「それは……気持ちはわかるけどさ、ちゃんと話した方が良いぜ。それから、アメリア様の警護をもっと固めることだ」

「ああ」


 重々しく頷いた。テオの言うことはもっともである。テオはぬるくなったお茶を口に含んでから、頬杖をついて言った。


「それにしても……ここ最近、敵は随分大人しいな?」

「ドラゴンを作るのに、かなり力を使ったんじゃないか?魔獣は代償なしでは作れないはずだ」

「まあ、それは間違いなくあるだろうな。……それにしても、だよ。息を潜めている時間が、やたらと長くないか?」

「それについては、俺は……魔獣をんじゃないかと思っている。次に動くときは、もっと一気に数を放出して、大掛かりにするんだろう」

「はあ……それまでに内通者を特定できると良いな」

「努力する。テオは、引き続き解毒薬の生成を頼む。それと……例のものも」

「分かったよ。例のものは、かなり開発が難航しているが……完成すれば百人力だ。せいぜい頑張ってみるさ」

「宜しく頼む」


 この後、二人はぽつぽつと雑談をして、その場はお開きとなった。



 ♦︎♢♦︎



「騎士団の中に裏切り者がいるかもしれない」


 その夜、レオンはアメリアにそっと打ち明けた。今はベッドの中に二人きり。たっぷりと愛し合った後の、ピロートークの時間だった。


「もしかして……それで、テオに槍を預けていたの?」

「……そうだ。やっぱり君に、隠し事はできないな……」


 レオンは苦く笑った。アメリアの聡明なトパーズの瞳が、じっとレオンを見つめている。


「もともと、俺とテオは……団内に内通者がいる線を疑っていたんだ」

「そうなのね……」

「俺は、騎士団の中の誰かに命を狙われているかもしれない。それに、もしかしたら……アメリア、君が狙われる可能性もある」


 アメリアの瞳が揺れ動く。レオンは胸がじくじくと痛むのを感じた。


「君の祝福ギフトの開花は、本当に素晴らしいものだった。俺は、君を心から誇りに思っている。けれどそれが……君が敵に狙われる、理由になるかもしれない……。家の警備は、今よりももっと固める。君のことは守るから、どうか心配しないで……」

「分かったわ。でも、私が心配してるのは……私のことじゃないの」


 アメリアはレオンの頭を、そっとその胸に抱き寄せた。そこはふんわりと柔らかく、花のような甘い香りがする。


「私は、貴方の心が心配になったのよ……レオン」

「俺の……?」

「身内の中に裏切り者がいるかもしれないと、疑わなくちゃならないなんて。それは、とても辛いことだわ……」

「…………ああ」

「だから……私には何でも話して。無理をしないで……私に頼って、レオン。私じゃ、頼りないかもしれないけど……」

「そんなことはない。アメリアが、俺の心の一番の支えだ」


 レオンは固く目を瞑り、アメリアの胸にぎゅっと抱き付いた。ここが、世界で一番温かく、安心する場所。愛おしい場所なのだ。

 

「アメリア……ありがとう。大好きだよ……」


 レオンの小さな声が、ぽつりと夜に響いた。

 アメリアはレオンの髪を、優しくゆっくりとすいていた。そうしているうちに、二人は眠りについたのだった。

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