第二章

2-1 水害への対策

水害が起こるノイラート公爵領への、視察の日がやってきた。公爵領は王都と隣り合っているので、移動は半日で済んだ。数人の騎士とダークを護りとして連れて来ている。


「シア、眠いの?」

「うん」


フェリシアはシリルの手をぎゅっと握って、彼の温かい肩に頭を寄せた。もう遠慮はしないことにしたのだ。シリルの心に嫌がっている色は見えない。むしろ少し嬉しそうだ。


「ようこそいらっしゃいました」


公爵邸で当主マティスが迎えてくれた。応接間に通され、シリルは早速本題を切り出した。


「ここにいるフェリシアの ≪未来察知≫フューチャー・ディテクションという魔法を使った結果なのですが、八月にここで大規模な水害が起きる可能性が高いと考えています」


≪未来察知≫フューチャー・ディテクションで水害の未来を見たことで、説得力がかなり上がった。公爵も耳を傾けてくれた。


「八月……それは確かなことなのですか」

「ええ。フェリシアが未来の映像を見ています。河川が氾濫する可能性が高い。突貫でも良いので堤防の建設に着手することを勧めます」

「ふむ…………うちは大型河川が多い。もしそうなったら被害が甚大になりますな」

「ええ。こちらでは既に、土地の低い場所を示した防災地図を用意しました。たくさん刷ってきたので、住民の回覧板などで回して注意喚起をしてもらいたい」

「こんなものまで!殿下は、かなり早くから動いていたのですね……」

「同時に、水を操れる魔術師を探しています。数は集まってきていますが、まだ大規模の水を同時に操れる者が見つかりません。こちらは引き続きやっていきます」


話をした後、実際に、既にある堤防に足を運ぶ。住民の避難場所となる高台なども確認した。


「実際に水害が起こったときはどのように伝達していますか?」

「鐘を鳴らして住民に避難を促していますね」

「それでは、常時高台で見張りができるよう騎士などを配置しておくことをお勧めします。そしれ彼が鐘を鳴らすのです。人員が足りなければこちらから送ります」

「なるほど……」

「それから、水害が起きたら王都に早馬を飛ばしてください。俺たちも駆けつけます」

「殿下自ら?しかし、水害時には道路が冠水するかも……」

「見てください。俺の護衛のダークです。彼は≪空間接続≫フルアクセスという魔法が使えます。このように……」


ダークが一歩前に出て魔法を使うと、異空間がぽっかりと広がった。向こうに見えるのは王宮の前の門のところだ。


「行ったことのある空間はすぐに繋げられるんです。これで俺たちは来ます。そしてこちらからも、必要な騎士や魔法使いなどの人員を速やかに送ります。もちろん、物資も」

「おお……すごい魔法ですな。頼もしい」

「うちの秘蔵っ子なんですよ」


シリルが頭をクシャリと撫でると、ダークは照れ臭そうに笑った。

すべてが見終わった後、公爵邸に戻ってきてから、マティスは頭を下げた。


「私は勘違いしていました。災害モデル地域などと言って、うちの領地への影響力を強め、何か別の狙いがあるのだろうと……しかし今日殿下の取り組みを見て、本当にうちの領地を思ってやっていてくださったんだと痛感しました。今ままで申し訳なかった」

「謝る必要はありません。共に災害を乗り越えましょう。早く魔術師を確保して、住民の避難ルートを守りたいものです」

「殿下……」

「それに、災害モデル地域というのはあながち嘘ではないです。今回のケースを活かして、他の地域でも災害の備えができるようになれば良いと思っているのは事実ですから」

「…………ふ、ははっ」


マティスはとうとう笑い出した。どうしたのだろうか。


「腹の探り合いをしていたのが馬鹿みたいだ。殿下は真っ直ぐなお人なのですね」

「そうです。この人は国民を守りたいのです。どうか信頼してください」


横からフェリシアが言う。シリルは少し照れているようだった。


「殿下、今日は視察に来てくださりありがとうございました。こちらでもやることが見えました」

「それは良かった。ただ…………そうだな、帰る前にもう少し、森の方も見ていって良いですか?あちらは非常に浸水しやすかったはず」

「良いですよ。ですが……森の奥深くには少数民族、ディルカ族がいます。彼らの領域には入らない方が良いです」

「わかりました」



♦︎♢♦︎



森の辺りは木がうっそうと生い茂っていて、足場が悪かった。


「きゃっ」

「シア!」


つまづいたところを抱き止められる。案外逞しい胸元に頭を寄せられ、フェリシアは夜の触れ合いを思い出してしまい、ドキドキした。


「気をつけて」

「ごめんなさい…………でも、少し未来が見えたわ」

「え?」

「大雨で、この森が浸水し……少数民族が孤立する。命の危機に瀕するわ」

「!!」

「でも、この森の中からは無数の警戒の色が見える。今も、私たちをとても警戒している……」

「…………話を聞いてもらうのは無理そうだね」

「ええ」

「公爵に手紙をあずげて行こう。族長に注意を促すんだ」

「わかったわ。水害当日も気にかけましょう」

「うん」


フェリシアは見上げた。なんだか森のことが無性に気になるのだ。自分の運命を左右する何かがここに隠れているような――――そんな気がしているのだった。

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