2-6 パティスリーアデル
アデルの洋菓子店、『パティスリーアデル』のオープンが、とうとうやってきた。待ちに待った日だ。
「よし!行くわよ!接客は品良く丁寧に!」
「おっす!」
「はい…………」
「頑張りましょう」
私とエミール、ローザ、助っ人のエリーゼの四人は円陣を組んで、おおっと気合を入れた。
「いらっしゃいませ!」
ついに開店だ。
しかし、いざ開けてみると、それはもう大忙しだった。茶会でケーキを振る舞った夫人たちが、しっかり口コミを広めてくれたらしい。貴族の使用人の行列が外までずらりとできてしまい、一人ひとりが買っていく量もとても多い。初日なので相当数を用意したつもりだったのだが、あっという間に完売してしまった。
「今日はすごかったわね〜……明日はどうなるやら……読めないわ……」
「貴族の間では、もうかなり噂になってるもの。第二王子派閥のご婦人が話しているのも、この間聞いたわよ?しばらく混雑が続くと思うわ」
アデルが労働で凝り固まった背中を伸ばしながら言うと、エリーゼが応えた。
「ありがたいわね。口コミでだんだんと平民にも人気が出るといいんだけど……最初は難しいかな」
「それも大丈夫ですよ、今日の行列効果で、平民の間でも相当話題になってました。さっき昼食の時にちょっと探りを入れてきたんです」
そう答えるのはエミールだ。まあ確かに、行列というものは人を呼び寄せる。比較的裕福な平民もターゲット層にしているので、何か追加でプロモーションの方法を考えたいところだ。
「とにもかくにも、今日もどんどん作るわよ。これから毎日のことだからね」
「お〜……この感じで接客があると、キツいっすけどね」
「売り子は様子を見て入れようと思ってるわ…………ううん、苦労かけるわね」
「頑張ります……………………」
アデルは苦笑した。従業員の二人には負担を掛けてしまっているが、最初が第一の正念場である。
早速アデルは魔法を使って大量の卵液を浮かせ、撹拌して仕込みを始めた。生地の仕込みは、しばらくはアデルが行う。エミールは練習の成果があって少量の生地なら及第点を出せるようになってきたのだが、まだ実用レベルには至らない。
タルト生地も空中で、伸ばすところまでやってしまう。型に敷き詰めるのだけは、全員で力を合わせ、手作業で行うのだ。
その後の焼成作業とフルーツのカットは、エミールが担当。彼はもともと伯爵家の料理人なので、カット技術が非常に高い。
出来上がった生地を切り、私とローザは次々とデコレーションを仕上げていく。ローザは数をこなして、どんどん装飾技術が上達していた。とても心強い。
フランボワーズのムースには、カールしたチョコレート、フランボワーズ、ブルーベリーと、店の刻印がされた金の紙に癖をつけたものを乗せていく。カールしたチョコレートを作るのもローザが担当しており、「くるくる…………楽しいです…………」と呟いていて可愛かった。
♦︎♢♦︎
早いもので、パティスリーアデルのオープンから一ヶ月が経った。
お陰様で、お店はなかなか繁盛が続いている。貴族の間でも評判がどんどん広まって、定着するお客さんも増えてきた。一度食べれば、見栄えの良さと味の良さの違いを分かってもらえた様子である。最初は「貴婦人が厨房に立つなんて」と悪し様に言っていた貴族男性たちもいたが、店の評判の良さに黙らざるを得なかったようだ。
平民の間でも「味が異常に美味いらしい」と評判になり、挑戦してみる者が出てきた。裕福な商人などは、既に使用人に買いに来させているようだ。
平民に向けたアピールとしては、沢山いる公爵家の使用人たちに頼んで、伝手のあるところに店のポスターを貼ってもらったりした。それと、地道なビラ巻きである。ビラにはクッキーのオマケ券をつけており、これを持ってきて何か一つでも買ってくれたら、オマケをつける仕組みだ。
裕福な商人のお客さんには特に、クッキーが手土産に丁度良いと喜ばれたこともある。焼き菓子については、もう少しサイズ展開ができれば良いなと思う。しかし、今アデルたちだけで仕込みと接客を両方やっている状況では、とても労働力が追いつかない。
「やっぱり、どう考えても売り子さんが必要ね……」
アデルはようやく重い腰を上げて、売り子の募集をかける決心をした。身分は問わず、面接で人柄を重視するつもりである。給与は、ここら一体の店の平均より少し上乗せしておいた。
経営者として大切なことだとわかっているが、面接は前世でも経験がなく、気が重い。
「良い人が見つかるといいんだけど……」
「そこが難しいっすよねー」
エミールは素早くタルト生地を敷き詰める手を止めず、口調だけのんびりと答えた。作業のクオリティも速さも上がっていて、やはり彼は腕が良いと思う。最近は生地の仕込み作業で、勢いの良い撹拌だけ担当してもらうこともある。少しずつトレーニングしているのだ。
ローザも、文句一つ言わず大量の単純作業をこなしてくれている。彼女のナッペ――生クリームを塗る技術も随分と上がった。ケーキの上の装飾については、任せている部分もある。
「おーい、今日も来たぜ〜」
客足も落ち着いてきた頃、聞き覚えのある声がして、アデルは売り場に出た。お客さんの正体は、ユリウスの親友、アレックスである。
今日はエリーゼが売り子をやってくれているので、先に彼女と話をしていたようだ。
――というか……エリーゼが売り子をしている時に限って、必ずと言っていいほどアレックスがやって来るのだ。一体どこから聞きつけてくるのだろう。モテる男の、無駄な情報収集能力はすごいものである。
「今日も街で評判の、超絶美人な売り子さんがいるって聞いてさ?」
「はいはいどうも。アレックスの分は取り置きしてあるわよ」
「いや、流してないでちゃんと警戒しろよ?本気でアンタを狙う奴も出てるみたいだし、ストーカーみたいなのにあったらすぐ言うんだぞ」
真面目な声を出すアレックスは、本当に心配そうだ。確かにエリーゼは、「時々あのケーキ屋にものすごい美人の売り子がいる」と評判になっていた。エリーゼは男性の口説きを流すのに慣れているし、護衛にリナもいるので警戒していなかったが、何かあったときのために対策を考えた方が良いかもしれない。
アデルがそんなことを考えていると、話題が突然自分に飛び火した。
「なあ、聞いてくれよ?アデル。ユリウスの惚気がすごくてさ〜。っていうか日に日に酷くなってる。どうにかして」
「ええ?」
アデルはポッと顔を赤らめる。
――『惚気』って……。ユリウスのことだから、多分、単純に私の話をしているだけのつもりなんだろうけど。
「はあ〜……これだよ」
「ねえ…………」
何だか、とても残念なものを見る目でアデルを見て、頷きあうアレックスとエリーゼ。
一体、何だと言うのだ。
「ああ〜……結婚したくなってきたなあ。俺にも、良い出会いがあるといいんだけど?」
「うふふ。まずは、本命を一人に絞ったらどうかしら?」
「ははは。これは手厳しいなぁ」
お決まりの軽口を叩き合う二人は、以前よりも更に打ち解けた様子だ。
エリーゼは、「チャラい男がこの世で一番嫌いなんだから、アレックスなんてあり得ないわよ」と言っているけど。
何だかんだ言ってこの二人、かなり気が合うのでは……?と、最近アデルは思っている。
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