2-5 止まらない想い

 その夜、ユリウスとアデルはまったりとした時間を過ごしていた。

 多忙なユリウスが休みの日は、寝室につながる二人の自室でお茶をして、ゆっくり過ごすのが定例となっているのだ。そうしてお互いにあったことをぽつぽつと報告したり、一緒に甘いものを食べたりする。この時間が、アデルは大好きだった。

 ユリウスと過ごす時間は、アデルにとってどんどん心地よいものになっていった。確かに口数は少ないけれども、ユリウスは聞き上手で、しっかりとこちらの言葉に耳を傾けてくれるのだ。


 今日はアデルの作ったオレンジのタルトを食べながら、リラックスした時間を過ごしていた。今日ケーキを食べるのは二個目だが、その分『調合』で魔力をたくさん使えば良いだろう。魔法を使うのは、なかなかカロリーも消費するのである。

 アデルは少し勇気を出して、ユリウスの目を見つめながら言った。


「あの。ユリウス……改めて。今日の昼間は、戦う姿が素敵だったわ」


 すると、ユリウスは表情を変えないまま、ぴしりと固まってしまった。これは相当照れている時の反応だと、アデルももう分かっている。


「あのね。見惚れちゃった。素敵だった…………ユリウスがどれだけ過酷な訓練を積んできたのか、私は想像することしかできないけれど……それでも、すごいと思った」

 

 ユリウスが実直に言葉を伝えてくれるので、最近はアデルも、自分の気持ちを少しずつ伝えるようにしているのだ。照れ臭くなったアデルは、言うだけ言って、ぷしゅうと音を立てて赤くなってしまった。

 こんなの、相手がユリウスじゃなかったら、もうとっくに好きだってバレてるんだろうな……と思う。例えば、相手があのアレックスとかだったら、とっくのとうに。


 ユリウスはやっと再起動したと思ったら、おもむろに立ち上がり、アデルの前に跪いた。突然のことにびっくりしてしまう。しかしユリウスは、おろおろするアデルの手をそっと取り、手の甲にキスを落とした。

 彼は口を手に当てたまま、射抜くような眼差しでアデルを見る。美しいルビーに貫かれて、アデルの心臓はドッと音を立てた。


「もっともっと強くなって、必ず君を守るからね」


 涼やかな声が響いた。その瞳にも声にも、甘さがある気がして――――アデルは、どうしても、思い上がりそうになる。喜ぶ心を、抑えられない。

 ユリウスはそのまま、アデルの頬へ手を移した。そのごつごつした手の甲で、遠慮がちに輪郭を辿られる。そのまましばらく、時間が止まったかのように見つめ合ってしまう。


「こっ!このタルト!!どうかしら!!」

 

 張り詰めた空気にとうとう耐えられなくなったアデルは、ひっくり返った声を出して話題を急転換した。

 

 ――私のバカ!なんか、せっかく……ちょっと、良い感じだったのに!私のバカーーー!!!

 

 そう思うが、もう遅い。ユリウスは小さく苦笑したあと、席に戻ってタルトにフォークを刺し、それはそれは良い笑顔になった。

 

「絶品だね。オレンジの酸味が効いているけど、タルトやカスタードとこんなに合うのが不思議だな」


 すっかり通常運転である。アデルはがっかりしたような、安心したような良くわからない心地で、言葉を続けた。

 

「……ふふ。今回はタルト生地にココナッツパウダーを仕込んでるの。サクサクするし、味も合うからね。カスタードも、果物によって甘さのバランスを変えてるのよ?あとは隠し味の洋酒もね」

「さすがだ……だから幾らでも食べられる味になるんだな。アデルの研究の賜物だ」

 

 ユリウスは小さく口角を上げて見せた。最近は頻繁に見せてくれるようになった、彼の微笑みだ。

 アデルはユリウスの言葉に嬉しくなって、両手を膝で組みながら、もじもじして言った。

 

「ねえ、あのね。いつも、こうやって応援してくれて、本当にありがとう。私も何か、ユリウスの力になれると良いんだけど……」

「え?もうなってるよ。アデルがいるから、俺は頑張れるんだ」


 何を当たり前のことを、という感じでユリウスが言うので、アデルはぽかんとしてしまった。

 

「そ、そうなの……?」

「そうだよ。アデルがこうして美味しいお菓子を作って、夢のために頑張っている姿を見ると、俺は力が湧いてくるんだよ」

「そ……そっかぁ……」

「それに、公爵夫人としてもアデルは立派にやってくれている。家令のグスタフなんか、君のことを褒めたら止まらないんだから」

「それは、ここの皆が良い人たちだからよ。でも、そう言ってもらえるのは嬉しいわ」

 

 アデルはじわじわと込み上げる嬉しさで、顔が緩むのを止められなかった。

 ――自分のやっていることが、ユリウスの力になっている。

 そう思うと飛び上がりそうなほど嬉しいし、もっともっと頑張らなければと思うのだ。


 ああ、好きだなと思う。

 優しくて、生真面目で、誠実で。いつも言葉に嘘のないこの人のことが、心の底から好きだ。

 

 もはや、好きな気持ちを抑えるのがどんどん難しくなっている。アデルは最近、それで困っていた。こうして二人でいれば好意に繋がる言葉を伝えたくなるし、優しい言葉をもらえば嬉しい。思わせぶりなことを言われれば勘違いしそうになるし、触れられればそこから溶けてしまいそうになる。

 

 ――例えユリウスの信頼を裏切ることになっても、あなたを好きだと、もう打ち明けてしまいたい……。

 

 けれど今の心地よい関係を壊してしまうのが、どうしても恐ろしくて。心を打ち明けた時に拒絶されたらと思うと、やっぱり怖くて。

 アデルの恋はまるで袋小路に入ってしまったように、その出口が見えないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る