第9話 この世界とこれからと
幼女は一度泣いたらすぐ泣き止まない。
顔だけ王子のしつこい訂正で拗ねて泣いてしまったみーちゃんは、私の首に齧り付くようにくっついてギャン泣きしていた。
やば。耳が慣れてきたわ。至近距離なのに鼓膜が無事だわ。
こりゃ泣き疲れるまであやすパターンだわめんどくせーとか思っていたのだが、私がみーちゃんを抱き上げて歩き回るより早くセバスチャンがさっと右手を軽く振った。
ギャン泣きしていたみーちゃんも、何か感じて顔を上げる。
すると空中にぎゅるっと渦巻く水が現れて、その水がぐるぐる回って大きな犬の形になった。
「わんちゃん!」
「…はぁー!?」
大喜びの幼女みーちゃんと、理解が追いつかなくて絶叫するJKの私。
私の戸惑いなどお構いなしに、みーちゃんはきゃっきゃと水でできた犬と戯れだした。
なにあれー!
「あれは魔法で作った人形です」
「でも動いてんじゃん!?」
「ええ。簡単な命令しか組み込めませんが、命令通りなら動けます」
動いているが生きてはいないらしい。
水滴のような毛並みを手で叩いてはしゃぐみーちゃん。懐くように鼻面をみーちゃんの胴体に押しつけて、その強さにきゃーっと歓声を上げる幼女。
しかしあの動きは命令された動きで、あの犬の判断ではない…。
「ロボットみたなもん…?」
「ろぼっと…?」
「通じないのめんどくさっ!」
知識のすり合せは諦めた。通じないなら勝手に解釈するに限る。
とにかくみーちゃんが新しい玩具に大興奮して泣き止んだからまあいいか。
…魔法って、本当に異世界なんだな…。
改めて触れた異世界不思議発見に呆然とした。そんな私に、二人は真面目な顔をして会話を続けた。
それは、私とみーちゃんのこれからについて。
みーちゃんが新しい玩具に夢中で私から注意がそれている隙に真面目な話をするらしい。
「まず前提として、お二人を元いた世界へ戻すためにはマナが不足しています。ムツミ様はマナについてどの程度ご存じですか」
「そもそも存在からして知らない」
マナとは。
世界を循環している生命エネルギー。生きとし生けるものに影響を与え、作物の実りも天候も命の芽吹きにはすべてマナが関わっているといわれている。
目に見えないマナだが、魔法使いの素質がある物にはカラフルなマナが視認できるらしい。セバスチャンには魔法使いとしての素質があり、本人曰く水のマナと相性がいいことから
「他のマナも視認できますが、水のマナほど正確に見分けることはできません。勇者はすべてのマナを視認することができると言われていますし、恐らくみーちゃん様にはこの世界が極彩色に見えていることでしょう」
みーちゃん様って真顔でいう破壊力やばいな。
この人実は天然さんなの? 可愛いんですけど。
「魔法を扱う際にはマナを使用します。空中を漂うマナと、身体の内側にあるマナを接続して具現化し、命令式を刻んで発動します。私は指先で描き込みますが、一般的には命令式の描き込まれた指揮棒を振って魔法を発動させます」
「そこは魔法の杖じゃないんかい」
…いやまって、指揮棒って超有名な児童書ファンタジーに出てくる魔法の杖に形状が似てない? そうでもない? でもあんな感じに魔法を使うわけね?
先程セバスチャンが空中で指を振ったのは、何か描いていたらしい。なにもわからんかった。
「そしてそのマナですが、このままでは召喚の儀…返還の儀、ですかね。その必要量が世界に満ちるまで五十年はかかります」
「ごっ」
「最短で五十年です」
「さっ」
急に具体的な数字を出されて目を剥いた。
五十年…!?
微妙にやな数字じゃん。おばあちゃんになるまでこっちで生活していたら、いざ帰るってときに未練が絶対できてる年数。親が生きているかも不安になる年数じゃん。
「そもそも魔王が出現したことでマナの循環量が低下し、世界は緩やかに衰退しています。今回の勇者召喚はマナを大量に消費しますが、その代わりに魔王を討伐することでマナの循環量を元に戻すため必要な試みでした」
ハイリスクハイリターンってやつだろうか。
世界のために世界を追い詰める行動をとるなんて、そこまで追い詰められているんだ。
だからって誘拐の事実は消えないからな。
…今回対応が微妙だったのってそれだけハイリスクなことをしたのに結果を得られなかったことも原因じゃない? 望みをかけて勇者召喚したのに幼女が召喚されて、時間がないから幼女だろうと魔王討伐に送り出そうなんて頭の狂ったことをしたのもそれが原因?
名探偵みたいに相手の動機に閃いてしまったが、こっちは被害者だからそんなこと知らねぇわ。閃いたけどだからなんだって気持ち。
だけどその所為でマナが足りず、私たちの帰還に五十年掛かるとか冗談じゃない。
本当に、冗談じゃない。
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