第5話 泣き喚く、二人
勇者とは。
魔王を倒すため異世界からやってくる、我が世界の救世主である。
神の遣いである勇者は魔王討伐のため、神の力を一部授けられる。
それが、伝説の武器と同様に、世界のため奔走する勇者の支えとなる力…神の御業、雷。
勇者は伝説の武器と、雷を操る力を持ってこの世界にやってくる。
「――と、伝承で語られている!」
「最初に言えよぉそういうのはさぁ!!」
「あああああああああああああああああああああっ!!」
ばりばりばりばりっ
「きゃああああああ!」
「わあああああああ!」
「いやぁあああああ!」
室内で日々く雷鳴。阿鼻叫喚。
甲高いおっさんの悲鳴とか聞こえた気がしたけど、仕方がない。生命の危機だ。そんな声も出るだろ多分。
幼女のギャン泣きから発生した雷は、幸い人に直撃せず天井でバリバリしているだけで人に直接落ちてこない。でも次の瞬間自分に落ちてくるかもしれない恐怖から、皆床に伏せて頭を抱えている。私もそうしたい。あれ雷が落ちたら地面伝いに感電するんだっけ? 早急にこの部屋を出るのが正解か?
でも私が幼女を抱えているのでできない。
「おかあさああああああああああっ!」
母を求めてギャン泣きする幼女。
宥めようにも、私の服を引っ張る勢いで握っているのに海老反りで逃れようとする幼女を抱えるので精一杯。落ちる! 降りたいならそれでいいけど私の服を放してからにしろ! 幼女のこの怪力どこから出てるの! あまりの反り具合に最後の砦うさぎのぬいぐるみが二人の間だから飛び出しそう!
至近距離でギャン泣きされて、私の鼓膜も瀕死。今イヤホンしてねぇんだけど!
できることなら放り出したい。煩くて仕方がない。泣きたいのはこっちの方だ。
「ちょっと、さっさとその子を落ち着かせなさい! 役に立たない子守ね!」
幼女のギャン泣きに鼓膜をやられた自称聖女が、両手で耳を押さえながら私に怒鳴る。
そもそもアンタが余計なことを言ったから泣いたんだろうが!
自称聖女(笑)の思惑なんか知らないけど、母親に会えなくて寂しくしている子に「新しいお母さんよ」なんて言って喜ぶと思ったか。懐かれると思ったのか。私でも無理だってわかるわ。
だってこの幼女は親がいないんじゃない。大人に親と引き離されているんだ。
親はいるのに、親元に帰さない。帰れない理由もわかってない。そんな子供が新しいお母さんなんて言われて、親を恋しがらないと思ったか。
何かする毎に「お母さんじゃないといやだ」を発動する幼女が、適当なお母さんに懐くと本気で思ってんのか。どこまで舐めてんの。
どれだけ呼んでも現れないお母さんに、幼女が何を思っているかなんて私にもわからない。
そもそも異世界召喚の概要をどれだけ理解しているのかも未知だってのに!
勝手に周りが騒いで、勝手に泣かせて、勝手に私の所為にされる。
役に立たない世話役。子守。そういって責める。自分たちが泣かせたのに、泣かせ続けるだめな子守と嗤う。
私は確かに小森。
小森睦美。
だけどね。
「こ、子守じゃねぇえ――――っ!」
積み重なったストレスに、私も大声を上げて泣き出した。
堪えると思ったか!? なんで我慢しなくちゃいけねーの!! しるかー!!
「小森だけど子守じゃねーの! 小さな森と書いてこもりなの! 同郷だけど知り合いじゃねーの! 知らない子だよ誰だよこの子ー! 名前も知らない子ですから! 知らない子ですからー!」
ギャン泣きする幼女に負けない声量で叫ぶ。バリバリ天井で激しく鳴り響く雷は恐怖だが、だからこそ言葉が止まらない。
大声出してないと気絶しそうだ。マジでなんなのこの雷!
「なんだよ魔王討伐って召喚ミスだよ伝説の武器がなんぼのもんじゃいあんな武器で魔王が倒せるわけがねーっ! こんな幼女に何させる気だよ人でなしども! どこからどう見ても一人歩きのできない幼女だろうが! 二十年早いわーっ!」
十年後でもまだ早い。
それくらい幼いのに、何故魔王討伐ができると思った。
「役立たず役立たずうるせーよ! 一番の役立たずはこの世界に住む奴ら全部だろうが! 自分の世界は自分でなんとかしろよ! できないくせにうるせーな! 幼女を頼るしかない自分たちの役立たずっぷりを棚に上げてほんうるせー! 私は! 子供! 好きじゃねーし! 世話とか! できるかー!」
「うああああああんっ わああああああんっ」
「子守呼べよぉおおおお! いるだろ絶対子供の扱いに長けたやつぅううううううっ」
「えああああああんっ ああああああああっ」
「うえええええええええんっ!」
「「おうちかえりたい――――っっ!」」
気付いたら幼女とシンクロして号泣していた。
ひしっと抱き合って泣いていた。
間にあったはずのうさぎが床に落ちていた。
なんか雷がより激しくなったらしく、悲鳴も増えたが知らない。
私はいつの間にか座り込んで、幼女を守るように覆い被さって泣いていた。
そんな私の背中を、誰かが撫でた。
「すみません」
背中を優しく撫でる大きな手。
深く落ち着いた男の声。
泣き喚く私たちに対して怒鳴らず、叫ばず、静かに語りかける誰か。
自称王子じゃない。自称王子は壁際で腰を抜かしている。
部屋の真ん中にいた魔法使いっぽい人も、キラキラした騎士も、壁際に退避している。どいつもこいつも腰を抜かして情けない。
…じゃあこれ、誰だ。
泣き喚いてちょっとスッキリした私は、涙と鼻水でデロデロになった顔を上げた。
化粧道具は学生鞄に揃っていたので、異世界だろうが容赦なく化粧していた私。アイラインもアイシャドウも全部混ざって凄い顔になっているはず。わかっていたけどどうでもいいと捨て鉢だった私は顔を上げて…後悔した。
「すみません。貴方たちがそこまで追い詰められていることに気付けず、ここまで放置することになり…大変申し訳ありません」
えらく好みのイケメンいるじゃねーの。
ささくれだって苛立って泣き喚いていた感情が、すんっと無になった。
それくらい目の前の男は私好みだった。
さらっさらの長髪は焦げ茶色。首裏で一つに括ったのが、肩に乗って前に流れている。青い瞳は澄んでいて、SNSで話題になったドラゴンアイみたいに青い。
床に座り込んで泣き喚く私たちと視線を合わせようとしたのだろう。膝を突いているが、それでも背が高いことがわかる体格の良さ。がっしりしているのに、顔は中性的で女性的ですらある。
着ている詰め襟のきちっとした、軍服みたいな服は紺色。所々に差し色で入る金が重厚な印象を与えるのに、その顔は涼やか。
二十代後半に見えるその人は、私と目を合わせて微笑んだ。
「もう大丈夫です」
なにが。
なにがどう大丈夫なんだ。
今すぐ帰してくれるわけじゃないのに勝手なことを言うな。
天井の雷だってまだ絶好調なのに。バリバリ鳴っているのに。
そんな台詞が頭を占める。だけど口から飛び出すことはなかった。
「ふぇ…っ」
頭を占める悪態よりも、何の根拠もないその台詞に泣いてしまったから。
だって私、誰かにそう言って欲しかった。
大丈夫だよって、気休めでも言って欲しかった。
「ふ、え、うええええ…っ」
引っ込んだと思った涙が復活して、私はまた号泣した。
腕の中の幼女はふえふえと、ギャン泣きから落ち着いてしゃくり上げている。今は私の方が絶対泣き声が大きい。天井の雷は、ちょっと勢いが弱まっていた。
「大丈夫です。大丈夫ですよ…怖い目にあわせて、申し訳ありません」
泣いている私を慰める、このやけに私好みな男が一体誰なのかは気になったけれど。
できないことを許された気がして、涙が止まらなくて、私たちは暫く部屋の真ん中で泣き続けた。
許されたからってお前らを許したわけじゃないからそこ勘違いすんなよ異世界人。
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