第37話 青い髪の少女(4)

 おれたちは数日、ホテルでくつろぎ、アオイを伴って丘の上の屋敷に帰還した。

 総督には「きみをバカンスに放り込んでおけば、新しい火種は蒔かれないと思ったんだがね」と愚痴られたが、おれが悪いわけじゃないんだよ、勝手に揉めごとが向こうからやってくるだけなんだよ。


 渚の洞窟の奥については、調査の結果、少なくとも百年以上前のものであることが判明した。

 AI規制前のものである可能性も高くなってきている。


 何故、こんな辺境の星の、あのような場所に、というのはさっぱり不明である。


「中央に連絡して情報共有するべきかどうか、わたしはいま、ものすごく悩んでいるよ」


 総督は、正直にそう打ち明けてきた。


「共有するのは、もう少し様子を見た方がいい」

「どうしてそう考えるんだ、ゼンジ。きみの愛娘を守るためか?」

「戸籍では、アオイはおれの妹なんだろう? ああ、もちろんアオイを守るためでもあるが、いまこの星に目をつけられたくない」


 総督は腕組みして呻き声をあげた。

 どうやら、彼にも心当たりはあるようだ。


「摂政殿か。憎ききみをせっかく放逐したと思ったら、地方の星で何やら画策していると捉えられかねない、と?」

「正直、あいつが勝手におれを敵視していただけなんだが……こっちは何の野心も持っていないのに、困ったもんだよ」

「野心は持っていなくても、勝手にきみを中心とした勢力ができる可能性もある。彼の懸念にも一理はあるのだ」

「だから連絡に一週間かかる辺境の星に隠遁したっていうのになあ」


 何ともままならないものだ。

 とはいえ、いまできるのは頭を低くして面倒ごとが通り過ぎてくれるのを待つことだけである。


「ジミコ教授の一件で、すでに帝都大学からは目をつけられているんじゃないか」

「教授の助手さんによると、それに関しては大学の総力をあげてもみ消すそうだ。大事な会議の最中に失踪なんてあってはならないことだから、なかったことにするんだとさ。帝都大学ともあろうものが、科学的思考の欠片もない判断だよな……」

「政治は科学的な思考でできているわけではないからな」


 まったくもって、偉くなんてなるもんじゃないよ。

 互いにそう愚痴って別れた。


 環境テロリストの残党については、ほぼ全員の捕縛あるいは死亡が確認されたとのことである。

 ほぼ、というのは死体が残らない死に方をしたとおぼしき残骸があるとのことで……あれだけの激戦であれば、そういうことはよくあるのだ、仕方がない。


 捕縛された環境テロリストの裁判はそれぞれの星で行われる。

 たいていの星では帝国法に則った運用が行われていて、帝国法でテロには極めて厳しい罰が与えられることになっていた。


 強制されて嫌々、みたいな事例でもない限り、彼らが生きてふたたびシャバの地を踏むことはないだろう。

 ちなみにスジとしてはエルフ姫君が襲われたわけで、エルフの国に引き渡されるルートも一応あったらしいが、それに関しては改めてエルフ側が権利を手放している。


 エルフの国の法は帝国法よりテロリストに甘いらしい。

 それでは困る、というわけだ。


「今回の件で、国では改めて立法について考える動きがございます」


 と一度、自分の国に戻っていたリターニアが言った。


「いい加減、帝国法とすり合わせを行うべきであると……」

「ここに至って、すり合わせをしてなかったのか。いままでよく、それで問題が起こらなかったなあ」

「お互いに不干渉の原則を貫くだけで問題なかったのでございます」


 そっかー、まあこの星のエルフたち、全員合わせてもたいした人数ではないしなあ。

 帝国側も、竜が棲む以上、この星にあまり関わりたくないのであるし。


「これからお互いの法を精査し、百年後を目処に我が国の法を改正していく所存でございます」

「気が長い」


 一日に何時間働いているんだろうな、エルフたちって。

 先日、来てくれたエルフの軍人たちはすごく優秀で、ひと目でよく訓練されているのがわかったんだけどね。


 魔法というちからの有用性と限界も、よくわかった。

 エルフの国が、相応の自衛のちからを持つことも、しかしそれが星ひとつを守るほどのものではないことも。


 竜と敵対しないなら、それでよいのである。

 だいたい、竜と敵対して生き残れる存在など、帝国全体で見てもほとんどいないのだから。


 なお、その竜は、いつもの応接室でメイシェラのプリンを食べています。


「やはり、これがいちばんである。われはもう一個、所望するぞ」

「はい、ホルンさん。今日はこの二個目で終わりですよ」


 とたいへん満足なご様子であった。

 つーか結局、ホテルの高級シェフのプリンも毎日食べていたよな、おまえ。


「メイシェラ、改めておぬしに贈り物を渡そう。日頃のささやかな礼である」

「あら、ありがとうございます、ホルンさん。これは……」

「ちょっとしたお守りだ。肌身離さず、身に着けておくがよい」


 それは、赤い鱗の欠片に見えた。

 ホルンの鱗だろう、と見当をつける。


「わかりました。お札にして、首から提げておきますね」

「うむ、それがよかろう!」


 ホルンは満足そうに笑っている。

 いいんだけどね、義妹のプリンがそれだけ気に入ったなら。


 騒動も一段落し、これでようやく研究に打ち込めるというものである。


 そのはず、だったのだが……。

 アオイの能力についてきっちり検証するのを、すっかり忘れていたのである。


 その結果は、ほどなくして訪れた。

 帰宅してから、十日ほど経ったある日のことである。


「分身さんが、帰ってきたよ!」


 早朝、アオイがおれの部屋に駆けこんできた。

 若い子は元気があっていいねえ、と寝ぼけまなこで返事をする。


「あのね、あのね、いろいろ見つけたよ!」

「見つけたって、何を」

「悪い奴のこと! だから流しておいたよ!」

「流す? おい待て、何をやった」


 慌てて端末を起動し、銀河ネットを見る。

 先ほど更新されたばかりの、最新の中央のニュースが流れてきた。


 摂政の醜聞が流出し、幼い皇帝陛下が激怒、摂政を即日罷免。

 そのうえで彼は逮捕された、というニュースだった。

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