第32話 高級リゾート島でバカンスを(3)

 おれの心がノックアウトされるかどうかはともかく、リターニアにも海を楽しんで欲しい。

 そもそも彼女は泳げるのだろうか?


「われは泳げるぞ! 竜の姿ではな!」

「きみには聞いてないというか、いざ溺れても海底を歩いて帰ってくるでしょ!」

「任せるがよい!」


 胸を張って告げるホルンと、思わずその揺れる胸に視線がいってしまうおれ。

 リターニアが、少し不安そうに、ホルンと自分の胸を交互に見ている。


「で、リターニアは泳ぎの経験とか、あるか?」

「国のプールでは、少々」

「エルフの国、プールはあるのか……」

「民の誰でも入場できる施設で、百種類のさまざまなプールがございます。あちこちに木々を配置し、外縁部の流れるプールがわたくしのお気に入りです」


 エルフ、思ったより公共施設が好きか?

 てっきり森の中で自然と共に暮らしているのかと……。


 ちょっと行ってみたくなってきたな。

 この前の兵士たちの反応を考えると、とんでもない大歓迎を受けそうでちょっと怖いが……。


「ですが、海で泳ぐのは初めてです。どきどきしています」

「それじゃ、最初はメイシェラといっしょに水に浸かるところからやろう」

「はい!」


 なおホルンは、わーいと海に突撃し、水の上を入り江の向こう側まで駆け抜けていった。

 泳ぐんじゃないのかよ! と思ったがあえてツッコミは入れないでおく。


 いまの気温は摂氏二十七度ほどで、砂浜もそれほど熱くはない。

 メイシェラとリターニアが浜辺から一歩ずつ海に近づき、寄せては返す波に怯えながら足首まで水に浸かった。


 メイシェラは海の水をひと掬いして、ぺろりと舐める。


「本当に、塩っ辛いです」

「あんまり飲むと腹を壊すから、気をつけろよ」


 海水の成分についてここで講釈をするのは、さすがに無粋なのでやめておく。

 おれは空気を読む男なのだ。


 急に深くなっているところはない、とホテルの者は言っていたが、いちおう注意してリターニアが肩まで浸かるあたりまで進み、そこで軽く泳ぎの練習をする。

 リターニアはあっという間に泳ぎのコツを掴み、おれたちのまわりを平泳ぎでまわりはじめた。


「海の方が浮くから、慣れれば泳ぎやすいと聞きました。その通りですね」

「あの、兄さん、わたしは……」

「水に顔をつけるのが怖いなら、無理はしなくていいぞ」

「子どもじゃないんです、わたしだってできます!」


 メイシェラは、えいや、と水の中に顔を突っ込み、そのまま息を止めて十秒くらい、顔を上げて大きく息を吐きだす。

 思ったほど水に怯えていないなと判断し、おれは彼女に泳ぎ方を初歩から教えて始めた。


 リターニアも彼女にアドバイスし、ふたりでメイシェラの手をとって、足がつかないところまで泳ぐ。

 少し教えただけで、メイシェラは自分ひとりで泳ぐことができるようになってしまった。


 教え甲斐がないと言うべきか、それとも教師冥利に尽きると言うべきか。

 うーん、身体の使い方、軍に入ってくる新兵よりずっと上手いんだよな……運動系の才能がある気がする。


 まあ、本人がそちらに興味なさそうなので、黙っておこう。

 軍人の才能がある、と言われても嬉しくないだろうし。


 ふとホルンはどこだと周囲を見渡せば、入り江の出口の方で赤毛だけが海の上に出て、それがふらふらと揺れている。

 彼女のことだから溺れはしないだろうけど、何やっているんだあいつは……。


 と思ったら、ぶわっと赤毛の周囲の水が吹きあがり、ホルンが宙に飛び出てきた。

 そして綺麗な弧を描き、背中からまた海に飛び込む。


 あいつはイルカか?

 いやまあ、楽しんでいるならいいけどさ……。


 というか、本人が気づいているのかいないのか、入り江の外に出ちゃっているような……。

 潮の流れ的に、あそこまで行くと戻れないんじゃないか?


 最悪でも竜の姿になって戻ってくるから、いいか。

 そういう意味では、安心して目を離せる。


 メイシェラが大丈夫そうなので、彼女は自由に泳がせることにする。

 おれは一度、陸に上がった。



        ※



 コテージでトイレを済ませて浜に戻ると、慌てた様子でリターニアが水上から手を振っている。

 そちらに駆けつけてみれば、「メイが、メイが消えました!」と叫んでいる。


「消えた、って……溺れたのか?」

「それが、ちょっと目を離した隙に……申し訳ございません、わたくしの責任です……」

「きみは悪くない。魔法で探せるか」

「ここでは無理です。一度、陸に……コテージに杖が」

「わかった。肩に掴まってくれ」


 おれはリターニアを背に乗せて、泳いで足のつくところまで戻った。

 こういうときホルンがいれば、と思ったのだが……案の定、どんどん波に流されてしまったようで、もはやその姿はどこにも見えない。


 リターニアは大慌てでコテージから杖を取り、戻ってきた。

 目をつぶり、身の丈よりおおきな杖を天に掲げる。


 強い風が浜を吹き抜けた。

 彼女の白い髪が風によって巻き上がる。


 少女は目を開いた。


「あちらです」


 浜の南側、岩礁があって危険とホテルの者に言われた方に走り出す。

 慌てて、彼女を追いかけた。


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