第26話 環境テロリスト迎撃作戦(2)

 以前、ホルンが雑に庭に置いていったくさび石の付近から、ぞくぞくとエルフたちが転移していくる。

 皆、外見は二十歳くらいに見える若い男女で、何かの動物の革で出来ているとおぼしき服を着て、まるで銃のように見える長柄の杖を持参していた。


 エルフの軍人たちだ。

 リターニアによれば、王国近衛兵団という組織の者たちで、リターニアがホルンという竜の監視任務についた際、彼女の一存で動かせる戦力として父王から指揮権を与えられたとのことである。


 リターニアとしては、彼らを使うことなどないと思っていた。

 ホルンが危機に陥ることなどないとわかっていたから。


 しかし今回、ホルンは政治的な事情によりそのちからを振るうことができない。

 ならば己と己が配下の出番である、とリターニアは意気込んでいる様子だった。


 総勢、五十人と少し。

 リターニアが向こう側に跳んだとき、ちょうど待機状態だった者たちが全員、ここに来ていた。


「何でもお申しつけください、ゼンジさま!」


 美男エルフのひとり、おそらくは階級が他より上であろう屈強の御仁が、おれに対してわざわざ帝国式の敬礼をする。

 おれは返礼して、手短に作戦を伝えた。


「それで……いいのですか?」

「ああ、いいんだ。きみたち魔法を使う軍人の特性は、おおむね理解しているつもりだよ。指揮は任せてくれ」


 と耳につけたインカムを軽く叩く。

 近衛兵団の皆が、おれの指示で散っていく。


 丘の下に広がる森の中へ。

 彼らの姿は木立にまぎれ、たちまち見えなくなる。


「これで、屋敷を守れるのかい?」


 おれの隣に立つ紫色の髪の女性は、自分が原因だというのに平然とした顔でそうのたまう。

 いいんだけどね、変に正義感とか自己嫌悪とかしないのは、このひとの長所だと思っているから。


 帝都大学にこのひとあり、千年にひとりの天才と謳われるジミコ教授の思考は、実にシンプルなのだ。

 自分の邪魔する奴らは悪で、そんなものたちに思考を割くのは時間の無駄。


 守る側としては、それでいい。

 別に命が惜しくないわけじゃないので、突飛な行動をして警備を混乱させたりはしないから。


 守られる側は、頼むからおとなしく守られてくれ。

 その点、陛下は本当にもう血気盛んというかおおらかというか腰が軽いというか、本当に困った方だったよ……。


 一度なんか、暗殺者の前に自分が姿を現して囮になるとか言い出して、しかもそれがいちばん成功の確率が高く効率もよろしいと宮廷AIが判断しちゃったもんだから実行に移すしかなくて、実行するだけのおれはともかく宮廷の責任者なんかは事件の後、胃痛と頭痛が止まらなくなってドクターストップで休職しちゃって……。

 いや、そんなこと、いまはいいのだ。


「屋敷の周囲に部隊を展開しても、相手は屋敷ごと焼き払うだけですからね」

「それなら、空を飛んで迎撃すればいいんじゃないか? 彼らは飛べるんだろう? 実のところ、吾輩も魔法のちからで空を飛ぶ様を見てみたくてだねえ」

「見るだけなら後でいくらでも、デモンストレーションをして貰えばいいでしょう。飛行時の彼らのスペックはリターニアでよく把握しています。小まわりは効きますが、残念ながら速度では小型機の方が圧倒的に上ですからね。単独でならともかく、隊列を組んで戦う場合、この機動力の差が如実に出てしまいます」


 ジミコ教授は、腕組みして「そういうものかー」と呑気なことを呟いている。

 まあ、見てなって。


 エルフ兵は、こう使うんだ。

 おれはインカムのスイッチを入れて、適宜、エルフの戦士たちに散開の指示を入れた。


 メイシェラは地下に退避して貰っている。

 彼女は軍人ではないし、戦うちからが何もない。


 彼女自身も、己が足手まといであることをよく認識していた。

 まあ、このあたりは父も軍人だし、折につけよく言い聞かせてくれていたのだろう。


 ホルンには、メイシェラのそばについてもらうことにした。

 義妹の絶対の安全が保証されることで、おれは心置きなく戦うことができる。


 リターニアはおれのそばで、指示を待っている。

 エルフたちの姫であり本来の指揮官である彼女は、いざという時、おれにかわりエルフたちに指示を送る手筈となっていた。


 実際のところ、エルフたちと帝国軍とでは戦い方も違うし用語も違う。

 軍にいたころも他組織との合同演習ではそういった問題に遭遇したが、本来は入念に打ち合わせをするものなのだ。


 今回、そのような時間はなかった。

 敵の姿が見えるまで、あと数分である。


 おれはタブレットを操作し、屋敷の大型通信機と接続した。


「あー、あー、接近する所属不明機に告げる。諸君は現在、私有地に近づいている。諸君の立ち入りは許可できない。すみやかに方向を変えるように。繰り返し告げる。ここは私有地であり……」


 公開チャンネルで語りかける。

 一時的にでもこの星の警備隊に所属していたなら、このチャンネルでの通信を受信しているはずだが……。


 果たして、返答はなかった。

 だが、これで法律上の義務は果たしたことになる。


 心置きなく先制攻撃できる。

 屋敷の外に出て、丘から周囲を広く見渡せる場所で、リターニアとジミコ教授と三人、待ち構えることしばし。


 視界の隅に黒い点がいくつも見えた。

 かと思うと、それはみるみる大きくなっていく。


 インカムから、エルフたちの逸る声が、射撃開始の指示を求める声が聞こえてくる。


「まだだ。これから敵機は速度を緩める。攻撃するのはそれからだ」


 心配しなくても、敵機が積んでいるレーダーにエルフたちは映らないよ。

 向こうは、目標とする屋敷の手前で減速するはずである。


 そこを一気に叩く。

 リターニアの話によると、エルフたちの魔法弾は小型機のバリアと撃ち抜くのに充分な威力を保持している。


 とはいえ、彼らは人力で照準を補正しているのだ、高速で飛来する物体を撃ち抜けるだけの技量を持った者がどれだけいることか……。

 だから、相手が速度を緩めたところを狙う。


「まだだ、まだ、まだ……いまだ、撃て!」


 合図の次の瞬間、森のあちこちから砲火が上がった。

 虹色の光線が、上空の黒い点めがけて集中し……。


 爆発。

 空が黒い煙に覆われた。

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