第九話 モモバースに生まれ落ちる命。


「むぅ。なんでついてくるんですか。」


「僕も今日は仕事なんだよ。一緒に近くまで行こうよ。」


「いいです。ワタシ一人でいけます。」


ルゥダちゃんが朝からむくれている。

原因ならわかる。

僕がシャパメロさんの事をメロちゃん呼びした事だ。

きっと嫉妬だろう。

嬉しいし、可愛いのだが、このままでは一緒に生活する上で気まずくなる…。

こういう時は、ほっといたらいいのか?

それとも気にかけた方がいいのか?

女の子って、子供の頃から難しいものだ。


結局最後までルゥダちゃんはスタスタ先を早歩きし、別れるまで背を向けたままだった。



「きっとその子も呼び名で呼んで欲しいんじゃないかしら?」


あずーるに着き、ルリアさんに助言をもらおうと相談したら、実に完璧な回答が返ってきた。


「呼び名、ですか?」


「だってその子はそのままの名前呼びで、メロちゃんはあだ名呼びでしょ?そこに格差を感じてるのよ。」


「そうか…。あだ名か。」


「仲、良くなるといいわね。」


「はい!」


理想的な上司に恵まれ、僕は幸せ者だ…。

でも多分、こんなとこを見られたら余計に嫉妬しちゃうんだろうなあ…。

嬉しいけど…、うーん。難しいな…。


「ん?」


ふと、店の外を覗く。

何かフワフワした緑色の何かが店内を見つめている。


「が…!まさか…。」


「セツリさん。ヘキザさんから召集です。」


そこにいたのは、僕を『セツ兄』と呼ぶのをやめてしまったルゥダちゃんだった。

ドアの横から顔だけ半分ひょこっと出して、途轍もなく冷めたジト目でこちらを見ていた。


「ルゥダちゃんっ!!」


ルゥダちゃんはそれだけを言い残して、その場から立ち去ってしまった。


「ちょっと待ってよルゥダちゃんっ!!」


僕はすぐに店を出てルゥダちゃんを追いかけた。


「ごめん!ルゥ!!」


「今なんて言いました!?」


「えと…、ルゥ。」


「あら?あらあら?そんな名前で呼んじゃっていいんですかー?」


「え、ダメだったか…?」


「いえ!特別にセツ兄だけ許してあげます!」


ルゥは僕の手を握り、横並びで一緒に歩いてくれた。

むぅ。と、よくふくれるから「ルゥ」と付けたと言ったら怒るかな…。


「って!!いやいやっ!僕仕事中だよ!」


仲が元通りになっていい感じに手を繋ぎながら歩いて危うく忘れそうだった…。

僕はルゥの手を解き、あずーるへ戻る。


「親衛隊の召集はどんな時でも絶対です!実際、ワタシも学校抜けてるでしょーが!」


「あ、確かに。でもせめてルリアさんに一声かけさせてくれよ。」


「わかりました。」


僕は急いであずーるへ入り、ルリアさんにもう一度会った。


「あの…、すみません。僕用事ができました…。」


「さっきのルゥダちゃん?」


「はい。知ってるんですか?」


「メロちゃんがよくここに一緒に連れてきて、昼ごはんご馳走してあげてたの。まさか相談してた相手ってルゥダちゃん??」


「そうなんです…。でも、ルリアさんの助言で何とか仲を戻せました!ありがとうございます!!」


「いえいえ。あ、そうだ!差し入れ持っていく?」


「差し入れ?」


ルリアさんは厨房から、十個程作り置きしていたあずーるおにぎりを、ビニール袋に詰めて持ってきてくれた。


「はい。もうすぐ昼ごはんだし、親衛隊のみんなで食べて。」


「ありがとうございます!」


僕はお礼を言ってあずーるおにぎりを貰い、あずーるを立ち去ろうとした途中、ルリアさんに対しての疑問が急に口から出た。


「僕の事、何者だとか…、思わなかったですか?親衛隊のみんなを知っているなら、僕が急に親衛隊の中にいるなんて、おかしいな。とか…。」


素朴に、シンプルに訊いてみると、ルリアさんは笑って返してくれた。


「ふふ。まあメロちゃんが連れてきた時点で何となく察してたわ。その右目の眼帯とかも、色々訳ありそうだし、私達は死神様のお手伝いをする為に、この世界にこの体で生まれ落ちてきたのに、働き口がないなんておかしいと思って。」


ルリアさんは僕に近づき、優しく微笑みながら話した。


「きっとあなたが私に巡り会えたのにも、何か特別な理由があるのかもしれないわね。」


そう僕に言ってくれて、見送ってくれた。

ルリアさんも、メロちゃんも、あの歳で命を落としてこの世界に生まれ落ちた人達なんだと、今更知った。

一家全員が死んでしまったとすれば、多分事故に合ったのだろう…。

今僕がこうして歩いて、すれ違う人々はみんな一度死んで、ここに生まれ落ちて、また第二の人生として働き、生活し、学校に行って、家族の時間を過ごしている。

不思議な気持ちだ…。

死後の世界は本当にあったんだな…。と改めてしみじみと感じた。


僕らは電車に乗る為に駅を目指す道中、僕はルゥに質問した。


「何の招集なの??」


「さあ?ヘキザさんいつも呼ぶだけ呼んどいて事前に聞かせてはくれないんですよね。」


「今からどこ向かうの?」


「寮の最上階が親衛隊の作戦会議室なんです。」


「え…、あのマンションの…、しかも最上階…。」


「はい。五十階です。」


「ひえ…。」


この道中で覚悟を決めなければならない。

僕らの住んでいるマンションの構造を考えるに、最上階は恐らくペントハウスのような部屋だと思い、更に高い場所での眺望が予測される…。

少し足取りが重たくなった矢先、もう駅前広場に着いてしまった。


「なんか混んでるね。」


「今日は土曜日ですからね。みんな休みなんですよ。」


駅前は電車に乗り降りする人や、待ち合わせをしている人達でごった返していた。

モモバースの土曜の真っ昼間も、死ぬ前の世界と変わらず混むらしい。

そんな広場を横切り、駅へ向かおうとしたその時だった。


ボンッ!!!


まるで雷が鳴ったような低い爆発音が後ろから響いた。

思わずルゥと僕はハッと振り返る。


「爆発した!?」


人が賑わい、すれ違う駅前広場。

そんな場所で、地面が焦げつき、女性と男性の焼け爛れた体が二人倒れている、見るに耐えない程に凄惨な光景がそこに広がっていた。

それを目の当たりにした周りは騒然とし、悲鳴があちこちで上がり始める。

その状況を見た途端、二人の死体を中心に爆発が起きた事にすぐ気づく。


ルゥはすぐに肩にかけていた黄色のポシェットから、ダーツの矢を出してきて、人差し指と中指で摘む。


「それもルゥダミサイルになるのか!?」


「このサイズの長細い物なら、かっぱえびせんだってルゥダミサイルに出来ます!こういう時の為にいつも持ち歩いてるんです!」


僕はルゥと背中合わせになり、辺りを見回し、臨戦体制を取る。


「何が起こってる…!?」


「セツ兄や親衛隊を狙う、第三者からの攻撃かもです!!」


「でも完全に的外れだ!」


「ワタシにも何が起こっているのかわかりません!」


土曜日の真っ昼間に響いた一発の爆発音。

駅前広場は緊迫感に襲われ、パニックになる。

それはまさに、こないだの病院での騒ぎを彷彿とさせる様子だった。


「僕がここにいるせいで…、こんな事になったのか…?」


僕がいるところに災いあり、と誰かに言われているような気分になる。

すると、駅前のロータリーから見慣れた車が通りかかった。


「大丈夫か?お前ら!?」


窓からはヘキザさんが顔を覗かせ、僕らにクラクションで合図していた。


「ヘキザさん!?」


「乗れ。作戦会議だ。」


「何のです!?」


「今そこでも起きた、最近起きている連続怪奇爆発事件についてだ。」

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