第3話


 力強さのなかに繊細さが同居しているようなその音は、透の理想に限りなく近かった。

 聴き終わってヘッドフォンを外すと、すぐに聖に向き直る。


「すっげー良かった。もし時間があるなら、この後セッションしたいくらいだけど」


 勢いこんで言う透に、エイジは苦笑いした。


「これ聴いちゃったら、そうなるわな。でも、お前の一存で加入を決めるわけにはいかないだろ?」


「そりゃそうですけど、音を聴いたら断るとかあり得ませんよ。万が一反対されてもゴリ押しします」


 普段はメンバーの意見を尊重するタイプの透だったが、この時ばかりは我を通すつもりでいた。

 当の聖は状況をわかっているのかいないのか、無表情で機材を片付けている。


「どうせ明日もスタジオだろ? その時に紹介して、ついでに音も合わせたらいいよ」


「そうですね。じゃあ、落合さんが彼を連れてきてくれます?」


 問われて、エイジは目を泳がせた。


「え~っと、明日はちょっと先約があってだね……」


「じゃあいいです。えっと、藤原くん? とりあえず、メールできるならそれで連絡取ろうか」


 さっさと見切りをつけた透は、おもむろに携帯を取り出した。


「相変わらずつれないな~、西村は……」


 おおげさにしょんぼりしているエイジのことは無視して、メールアドレスを表示させる。


「あれ? それって御茶ノ水の、」


 聖が取り出した携帯にぶら下がっているストラップは、どこかで見た覚えのあるものだった。

 ネコだかクマだかよくわからないそれは、たしか透がお世話になっている楽器店のイメージキャラクターのはずだ。


「そうそう、聖ちゃんそこでバイトしてんの。チューニングとか、主にメンテナンス担当の裏方だけどね」


「あぁ、どうりで顔見たことないんだ。俺、しょっちゅう遊びに行ってるけど」


 その時、聖がこくりとちいさく頷いた。


「え? ひょっとして、俺のこと知ってた?」


 今度はこくこく、と首を縦にふる。上目遣いでじっとみつめられて、透は再び脈が早くなるのを感じた。



 ちょっ……と、今の仕草、最強に可愛いんですけど!



 いよいよ目の前の人物が男だということが疑わしくなってくる。


「聖ちゃんはね、大学生だけど今は休学中なんだよ。バイト先の店長は、出勤時間が増えて喜んでるみたいだけどさ……」


 エイジがなにやら言っている声が、意味を持たないまま右から左へと抜けていく。


 不謹慎極まりないことではあったが、透は失踪した元メンバーに感謝していた。



 こんな出逢いは一生に一度あるかないかだ。



 それは透にとって、運命としかたとえようのないできごとであった。

 もちろんその場では気付いていなかったが、後に嫌というほど実感することになる。


 黙って見つめ合う二人は、はたから見ると恋人同士のように映ったかもしれない。

 不思議そうに小首をかしげる聖は、本当に愛らしい。


 透はずいぶんと長いこと、彼の大きな瞳をみつめ続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Sweet Silence 石蜜みかん @myyk

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画