Sweet Silence
石蜜みかん
第一章
第1話
扇情的なその紅いくちびるは、言葉を紡ぐことはない。
だが、宝石のようにきらめく瞳はなによりも雄弁だった。
お互いがお互いを必要不可欠な存在だと認識し合っている関係。
ふたりなら、きっとたどり着ける。遥かな、あの高みへ。
*****
やっと軌道に乗り始めたバンドだったはずなのに。
ミレニアムイヤーを控え浮足立った人混みの中を、西村
更にため息をひとつ漏らすと、ギターケースの持ち手をぐっと握り締める。
いつもならさほど感じないはずの重みが、なぜか今日はずっしりと左腕に伝わってきた。
スタジオでの練習をバックレたもう一人のギターの野郎は、いくら連絡してもなしのつぶてだった。
飛んだ、と判断されたのは、既に前科があったからだ。
メンバーと急に音信不通になる事態は、界隈では割と良く聞く話だった。
ひどいところだと、ヴォーカル以外のメンバー全員が突然脱退してしまったケースもある。
それにしたって、と透は思う。
なにも、こんな大事な時期に消えなくたっていいじゃないか、と。
透の所属するバンド『
とはいえCDの売上は右肩上がりだったし、ライブの動員も順調に増やしていた。
更に二日後には、深夜帯ではあるが全国ネットの音楽番組に出演することが決まっている。
これはチャンスだった。
透は自分たちの曲は最高だと思っているし、自信もある。しかし、とにかく聴いてもらわないことには、どんなに素晴らしい音楽を創っていても意味がない。
その矢先にコレだ。
もともとメンタルに難のある奴ではあった。更にはギャンブル狂で、挙句の果てに借金を作り一時期雲隠れしていたこともある。
それでも切らなかったのは、透のギターと相性が良かったからだ。
もちろん友人のツテなどを頼れば、当面はサポートで繋ぐことも可能だろう。
最悪、ツインギターという編成は諦めて、現状のメンバーだけでなんとかすることもできなくはない。
だが、やはり音の厚みなどの点で今よりもクオリティが下がってしまうことは明白な事実だった。
途方に暮れてバス停に佇んでいると、パンツの後ろポケットから振動を感じた。透は空いた右手でスマホを取り出す。
画面には『
十中八九バンドの今後についての話だろう。彼は、CDリリースする以前からあれこれ世話をやいてくれていた人物だった。
通話に切り替えると、思いのほか明るい声が聞こえてくる。
「おぉ、透! 今、時間大丈夫か?」
唐突に聞かれて、透は思わず「はぁ」と肯定とも否定ともいえない微妙な返事をしてしまった。
「悪いけどさ、ちょっといつもの店まで来てよ。会わせたい子がいるから」
どうやら良いように解釈したらしいエイジは、それだけ言ってさっさと通話を切ってしまう。
「なんなんだ一体」
つぶやいてから『会わせたい子がいる』って言ってたけど、どういう意味だろうと考える。
タイミング的に、新しいメンバー候補を見つけてきてくれたのだろうか。
エイジのことだから、女という可能性もなくはないが。
ともかく透は気を取り直すと、指定された店へと足を向けた。
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