第2話

 結局当初の予定通りテニス部に入部し、週3回球を打つ高校生活になった。なじみ深いラケットの感触に安心感はあるものの、同時に退屈に似た物足りなさも感じていた。

「白石ありがとう、この辺で終わろう」

「はい」

 この高校のテニス部で経験者は貴重な存在らしく、部内では上手い経験組の3年の日寺ひでら先輩から一目置かれていた。今日も部としての解散後、先輩に誘われてラリーをしていた。

 コートを片付けてストレッチをしていると先輩に話しかけられる。

「白石さ、他の部活行こうとか思わなかったの?」

「はい?」

 突然の話題に顔を上げた。振られた話の意図がつかみきれなかった。

「他の一年はなんか面白そうとか、ちょうどいい運動部だからとか言ってたけど、経験者はどうなのかなと思って」

「何かしら部活には入ろうと思っていたんですけど、いまさら新しくやりたいことも思いつかなかったので昔からやっているテニスになりましたね」

「でも高校の部活になると選択肢増えるでしょ。アーチェリーとか、ダンスとか」

「面白いとは思いましたけどやりたいとは思いませんでしたね、アーチェリーは特に道具代が高そうですし」

 新しいことの話題で、ふと部活動紹介のときに勧誘された写真部のことを思い出した。

「そういえば勧誘のとき写真部に声をかけられたんですよね」

「ああ、写真部」

 驚きなどのない、どちらかというと納得したような返答が気になった。

「何か知ってるんですか?」

「部員が少なくて廃部寸前らしい」

 それならば積極的に勧誘していたのも頷ける。しかし、去年の展示のことを思い出した。

「勧誘されるには珍しい部だと思いましたけど……でも、去年文化祭来ましたけどそういう雰囲気ではなかったですよ。部員も少なくはなかったですし」

「そうなの? よその部には詳しくないけど、少なくとも今はそうらしいよ」

 何があったのか気になるが、わざわざ詮索することでもないような気もして心がざわつく。

「勧誘もそれくらいですし、この部に不満もないです」

 好きってわけではないんだな。と笑われた。

「じゃあ、これからどんどん日は長くなるし、そしたら練習時間も増えるけどその感じなら付き合ってくれる?」

「もちろんです。お願いします」

 先輩が満足したように笑顔になる。自主練習に付き合わせていることが気がかりであったのか、そこの確認がしたかったようだ。

「先輩こそなんで新しいこと始めないでテニス続けたんですか?」

「俺は得意なことでマウント取るのが好きだから」

 ニヤリと笑いながら冗談っぽく言うので僕もつられて笑ったが、たぶん本心だと思う。

 部室に戻ると2年の先輩が残っていた。何かを待っているわけではなさそうで、ただ疲れたから帰るために動くのもめんどくさいと言った様子だ。

「お疲れー、白石さ、写真部に勧誘されてたんだって」

「写真部? あぁ、写真部かあ」

 今度は顔をしかめられた。

「訳アリ?」

「訳アリというか……よくない話があるらしくて」

 微妙な表情だ。何をどう言おうか考えているように見える。

「俺もあまり詳しく知らないんで本気にしないんでほしいんですけど、何か事件があったらしいんですよね」

「事件? 何があったんですか?」

 部員が極端に減るほどの事件が気になり、食い下がるも、2年の先輩は困ったような顔で肩をすくめるだけだ。その様子を見ていた日寺先輩が思い出したように口を開く。

「そういえば写真部のやつが去年手首骨折してたな、そのときたしか部長だったと思うけど」

「まあなんというか、そういう感じで何かがあったっぽいのだけ知ってます」

 真偽不明のうわさに興味がないのか、日寺先輩はそのまま「一眼レフってかっこいいよな」とか、「幽霊撮ったことある?」とかの話で盛り上がり始めた。

 先輩たちのわきで着替え、帰宅すると、机の整理されていないプリントの山から写真部の勧誘のビラが顔をのぞかせていた。週2回の活動日がテニス部と丸被りしている。

 あのとき勧誘してきた写真部の先輩のことを思い出す。あの人も事件と何か関係があるのだろうか、もしそうだとしたらそういう噂の中で何を思って勧誘をしていたのだろう。

 写真に意識が向いたためか、なんとなく自分のカメラロールを眺め始めた。友達は多くないし、頻繁に外出するタイプでもないからかなり無味乾燥だ。道端で見つけた野良猫か、たまの外出で食した食べ物ばかり残っている。それから風景の写真も混じって絶妙なバランスで、人がまともに写っていない僕のカメラロールが完成する。

 真っ黒な写真を見つけ、これは何を撮ったのだろうと確認すると、それはおそらく夜空の写真のように思われた。全体的にブレ気味で、白くて大きな丸が1つと、小さな白い点がいくつか散らばっているように見える。きっとこれを撮った時は、何か心を揺さぶられて撮ったのだろうが、今これを見ても何も思い出せない。それどころか、こんなものでクラウドの容量を消費するのが馬鹿らしく思えた。

 その写真を削除してしばらくすると、写真部に勧誘されたときスマホのカメラでも良いと言われたことを思い出す。本当だろうか? 僕の写真がお世辞にも上手だと言えない理由をすべてカメラのせいにするわけではないが、スマホのカメラで撮れる写真には限度があるのではないか。

「……。」

 自分の写真で考えても仕方ないと思い、写真や動画がメインコンテンツのSNSアプリを開いた。ここに投稿される写真は、少なくとも同級生のものはほとんどスマホで撮影されたものだろうが、僕が撮る写真とは違う何かがあるように感じる。大雑把に言ってしまえば上手だと思う。

 加工の腕もあると思うが、それ以前にそこの画像や動画はすべて楽しそうな雰囲気が共通していた。楽しさや幸せを残しておいたり共有する──もちろん自慢もあるとは思うが──そういう意識が僕にはないからきっと写真も面白くないのだろうと思った。

 自分のカメラロールを総合してもここの写真にはかなわないと思う。このアプリを見ていると嫉妬にも満たない妙な感情が湧き上がるから好きではない。

 楽しいことが無いと言うつもりはないが、別段写真や動画で残しておきたいとも思わない。写真を後々見返す習慣がないのは自分で分かっている。

 写真に自分の感情を乗せるのが上手な人なら、写真部でその腕を磨く動機があるだろうが、僕にはその動機がない。そう思ってこのことを考えるのはやめた。

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君が反射する実像 那珂さん @nakasuan94

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